知ることの災難

その後、私は一切ケータイを開かなかった。


けれど帰り道の途中、ケータイが電話の着信を知らせる音楽が流れ出した。


「あっ、ミナ、ゴメン。ちょっと電話」


「うん、分かった」


ミナから少し離れ、私は電話に出る。


「はい、マカです」


『やぁっと出てくれたぁ!』


…さっきの幻覚の男の声だった。


「間違いです」


そう言ってブチッと電源ごと切る。


「誰からだったぁ?」


「間違い電話だった」


笑顔のミナに、笑顔で返事をする。


「ふぅん。あっ、そう言えばさぁ、【携帯彼氏】って知ってる?」


「何、それ?」


イヤ~な言葉に、思わず顔が歪む。


「何でも理想の彼氏がケータイで作れるんだって。ケー彼って言うんだよぉ」


「けっけぇかれ?」


略すのも、限度があるだろう…。


「でも単に恋愛シュミレーションゲームみたいなモンでしょ?」


「それがメールしてきたり、電話をかけてきたりもするんだってぇ。あとぉ、フツーにテレビ電話みたいに話せるんだって」


…私の頭の中に、あの男の笑い顔が浮かんだ。


「ふっふーん。でもミナはやってないわよね? 私達大学受験を控えてるんだし、そんなのやってるヒマ無いしね」


「やってないよぉ。でもおもしろそうだよね~」


「やっちゃダメっ!」


私は思わずミナの肩を掴んだ。


「絶対にやっちゃダメ! 近付いてもダメっ! 近くに来たと思ったら、すぐに逃げなさい!」


「うっうん、分かった…」


ミナは目をまん丸にしながらも、頷いた。


私は深く息を吐き、制服のスカートのポケットに入れたケータイに触れた。


…厄介なモノを押し付けられてしまったな。


私はミナと別れた後、従兄のソウマの店に向かった。


普通ではない雑貨屋を営むソウマの店は、いつ来ても客がいない。


なので堂々と店内で話ができる。


「―コレはまた」


私が開いて見せたケータイを見て、ソウマは呆気に取られた。


『…何、アンタ』


男はむつくれた顔で、ソウマを睨んでいる。


「ああ…。でも何となく仕組みは分かりますね」


「分かるんだが、どうすれば良いのかが分からない」


私はズキズキ痛む頭を抱えた。


「犯人はお昼休みの女の子で間違い無いんですか?」


「多分な。昼までケータイを見ていたが、そんなのは無かった」


「マカに譲った…と言うよりは、まさに押し付けたんでしょうね」


そう言ってアイスハイビスカスティーを淹れてくれた。


私はテーブルセットのイスに座り、一気に半分ほど飲み、息を吐く。


「ソウマ、悪いがコイツのこと、調べといてくれないか? ミナの耳に入るぐらいだ。かなりの話題になっているだろうからな」


「分かりました。しかし良いアイディアですねぇ。波長さえ合えば、簡単に真似できそうです」


「変なところで商売魂燃やすな! コピー商品なんてやらかすなよ!」


「分かっていますよ、冗談です」


私はケータイを閉じ、テーブルに置いた。


「…何だか厄介なことになっている気がする。早急に頼むな」


「心得ていますよ。でもマカ、何なら押し付けてきた彼女に聞いてみたらどうですか?」


「明日、捕まえてみる。しかし…何だって私を選んだんだ? それともたまたまか?」


「一般の子なら偶然でしょうね。―裏が無ければ」


「チッ…」

舌打ちせずにはいられない。


「まあとりあえず、彼のこと少しは構ってやったらどうです? ちょっとは気晴らしになるんじゃないですか?」


「…お前、コイツを見たろ? こんなチャラ男、見ているだけでストレスが溜まる」


薄茶色の髪はアゴまで伸びていて、ピアスをいくつも付けていた。


見た目20そこそこ。しかし笑顔を見ると、童顔に見える。


軽い口調と、バカっぽいしゃべり方。


チャラ男と称されるに相応しい男。


「ミナが『理想の彼氏』と言っていたが、あの女はこんなのが好みだったのか」


趣味が悪すぎる、と顔に出してみせる。


「アハハ。最近の流行りみたいなものですかね」


「笑い事じゃない! 私の好みでもないしな」


「マカの好み…。そう言えば聞いたことがありませんね」


ぎくっ。…話の方向がイヤな方に向いてきた。


「次期当主ということで、お見合いの件も多いそうじゃないですか」


「まっまあな」


「選びたい放題みたいですけど、まだ決めていらっしゃらないとか…。もしかして本命がいたりします?」


私は立ち上がった。


「…余計なことに口をはさんでいるヒマがあるなら、とっとと調査を始めろ」


そう言ってケータイをカバンに入れ、歩き出した。


「分かっていると思うが、メールで知らせろ」


「はいはい。迅速に取り掛かりますよ」



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