語り合うことの災難

私の家はマンションの最上階のフロアを貸し切っている。


元々実家が管理しているマンションで、学校から近いということで借りた。


高校から一人暮らしをはじめているが、通いでメイド達が週に3日、3人来る。


今日も来ているハズだ。


部屋に帰ると、良い匂いが漂っていた。


「ただいま」


「お帰りなさい、マカ様」


「おっかえりぃ~。マーちゃん」


「お帰り、マカさん」


家に来ているメイドは、26歳のカエデ。


15歳になったばかりのモモ。


そして17歳のレイラ。


タイプは違えど、美人だ。


「ああ。…くたびれた」


そのままリビングの長いソファーに倒れ込む。


「まあマカ様、お着替えもなさらないうちに」


「脱がしてくれ」


カエデに両手を広げて見せると、ヤレヤレと言ったカンジで制服を脱がせてくれる。


「高校三年生にもなって、情けないですわね。来年は当主になろうというお方が」


「現当主のジジィだって、女達に着せ替えしてもらっているだろうが」


「…否定はしませんケドね」


どこか遠い目をしながら、カエデはレイラが持ってきた浴衣を着せてくれる。


私は普段から和服を愛用していた。


「今日はビーフシチューか」


「はい、良い材料が本家から届けられましたので」


着替えた後、私は再びソファーにダイビング。


「マーちゃん、随分くたびれてるねぇ。どったの?」


モモが心配そうに駆け寄ってきて、私の頭を撫でてくれる。


私は黙ってカバンからケータイを取り出し、開けて見せる。


『わっ! 美人がいっぱい!』


…フツーの男の反応だな、うん。


「…何です、コレ」


「わあ、動いてるぅ」


「生きて…いるの?」


三人とも不気味そうに男を見ている。


私は事情をかいつまんで説明した。


「あらまあ…」


「それはぁ…」


「厄介ね」


「ああ、だから疲れてるんだ」


『ヒドッ! そこまで言わなくても…』


男が落ち込むと、何かゲージのようなものが下がって数値も下がった。


「…マカ様、何か下がっていますわよ?」


「ほっとけ。私は腹が減った」


「ただいま用意します」


3人はバタバタと食事の用意を始める。


『ねっねぇ』


「何だ?」


『きっキミの名前ってマカって言うの?』


「ああ、そうだ」


『いっ良い名前だね』


「そりゃどうも」


両親の名前の頭文字を合わせただけの、言わば語呂合わせのような名前だが。


『………』


「じゃあな」


『わああ! もうちょっと話そうよ!』


男は涙目で訴えかけてくる。


「何だ? 私は腹が減っているんだ」


『ちょっとだけでも良いから、話そうよ。オレ、寂し過ぎるよ』


「知ったことか」


そう言うと、再びゲージと数値が下がる。


「あっ、もう10だ」


確か最初見た時は50だった。

『わっ! 早! 上がるのが早い場合はあるけど、下がりでここまで早い人はいないよ!』


「何事にも始まりはある」


『上手いこと言ってる場合じゃないって! …ピンチなの、分かってる?』


挑発的なその目に、カチーンッ★ときた。


「ほお…。何だかおもしろそうなことになりそうだな」


『まあ人によっては、だけどね』


「ふぅん。だが一つだけ、お前に警告してやろう」


『なに?』


私は起き上がり、真っ直ぐに男と向かい合った。


「生憎と私は普通の人間ではない」


『…えっ?』


男がマヌケ面になった。

「お前のようなヤツを、自ら生み出すことすら可能の者だ。無論、消すこともな」


にやっと笑うと、男はおびえた顔になった。


「さしずめ私自身に何かあると見た。だがな、お前と私、どちらが強者かハッキリするだけだぞ?」


『そっそんなこと…!』


「無い、と言いたいか? だがな、お前も感じているはずだ。私のケータイに宿っているんだからな」


男は歯を食いしばった。


ケータイに宿るということは、内容を知るということだろう。


「今はまだ、相手をしてやる。だが危害を加えようとするなら、容赦はせん」


『…んだ』


真正面からはっきり言うと、ぼそっと何かを呟いた。


「何だ?」


『ラブゲージって言うんだ…。ゼロになってもヤバいし、100になってもマズイ』

ラブゲージ? …ああ、さっきから下がりっぱなしのコレか。


「ならちょうど良いのが半分か」


『うん…』


しかし今はもう5だ。


「何をすれば上がる?」


『オレに触るとか』


「こうか?」


画面越しに、男の頬を撫でる。


『うわっ、くすぐったい』


男が嬉しそうにそう言うと、ゲージがわずかに上がった。


なので頬や頭、首を撫でてやる。


「ほれほれ」


『わひゃっ!? アハハ!』


すると声を上げて笑い始めた。


数値は30まで上がった。


「楽しそうだけど、準備が出来たわよ」


レイラがニコニコ顔で言ってきたので、私は容赦なくケータイを閉じた。


「今、行く」


テーブルには私一人分の料理が並んでいる。


ビーフシチューにパン、フルーツサラダ。そしてミートローフは私の好物だ。


「飲み物は?」


「紅茶にしてくれ」


言ってすぐ、紅茶のカップが置かれた。


「いただきます」


私は手を合わせ、ガツガツと食べ始める。


「うん、美味い!」


「ありがと♪ でもさぁ、アレだったらアタシ達、泊まろうかぁ?」


「うん? 何でだ? モモ」


「だってぇ、ケータイ越しとは言え、男とマーちゃんを二人っきりにすると、当主から怒られそうなんだもん」


…一理あるな。


「そうだな、そうしてくれ」


「かしこまりました」


カエデが電話をしに、退室した。


次期当主ということで、異性関係にウルサイのだ。


「でもどうするの? 飼い続けるの?」


レイラがミートローフを切り分けながら聞いてきたので、少し考えた。


「ふむ…。まあ少しぐらいなら相手しても良いが…。何分、作ったのが他の女だからな」


「自分の彼氏を押し付けてきたようなモンだもんねぇ。タチ悪っ!」


モモが心底イヤそうに言ったので、私は苦笑した。


「押し付けてきたのも、理由があってのことなんだろう。明日、聞いてみるさ」


そう言いつつ食事を進める。


「マカ様、当主からの許可がおりました。本日とは言わず、しばらく住み込みになりますので」


「ぶっ! …まあ良いが」


過保護にも程があるな。


「あと当主からの伝言がございます」


ふとカエデは真面目な顔になった。


「『今回の件はウチの血縁は関係無い』とのことです」


「…他の人間の仕業だと言うのか?」


「そこまでは分かりませんが…。とにかく、この件に関して我が血族は絡んでいないということですね」


何だ、てっきり絡んでいるものだと思ってた。


コレと似たような手口を知っているからな。


「しかし…普通の人間に出来る芸当か?」


「ありえなくはないわよ。人間にもいろいろいるもの」


レイラの言うことにも一理ある。


その後、ケータイは開かず、充電した。


3人はずっと一緒にいて、見張りのような役目をしていたからだ。


本当はいろいろ聞いてみたかったんだが…。


だが翌朝、事態は急変する。




「えっ? 休み?」


「うん…。何か体調悪いんだって」


私に男を押し付けてきた女の子の教室を、朝一に訪ねると、知り合いにそう言われた。


「まいったな…」


まっ、考えていないことではなかった。


予想はしていた。私から逃げるだろうことを。


「…ねぇ、もしかして携帯彼氏、押し付けられた?」


知り合いが上目遣いに、不安そうに聞いてきた。


「よく分かったわね」


そう言ってケータイを開いて見せると、知り合いは短い悲鳴を上げた。


「やっぱり…!」


「えっ? 知ってたの?」


「うっうん…」


知り合いの顔色は真っ白になっていく。


「その、知らないの? 携帯彼氏のこと」


「うん、全く」


素直に頷くと、知り合いは私から一歩距離を取った。


「今…それがウワサになっていてね」


またウワサか…。


「携帯彼氏を持つと、死んじゃうってハナシ」


「ふーん」


まあありがちだな。


しかし知り合いは、私を変なものでも見るような目付きで見てくる。

「怖く…ないの?」


「あんまり。実感が無いからかな?」


本当はこんなのに負ける気が無いからだ。


こっちの世界では、気圧されたら負けを認めた証拠。


強気でいたほうが何かと良い。


「じゃあ彼女は自分が死ぬのを恐れて、私にコイツを押し付けてきたってワケ?」


ケータイを閉じると、知り合いはまた一歩近付く。


「多分…。ゲージが一ケタ台になって、随分落ち込んでいたから」


「ゲージ…」


それが生死を左右するのか。


「ナルホド。分かった、ありがと」


「えっ? いいの?」


「うん。私のケータイをいじった理由が知りたかっただけだから」


そう言ってその場を離れた。


「まっ、ある意味、筋は通るな」


低い声で呟く。


自分の命がかかっているなら、なりふり構っていられないだろう。


ある意味、客観視できる。


きっとあの時間に私の教室に忍び込んだのも、計算だったんだろう。


音楽室へ移動した後、誰かケータイを忘れていないかと机の中を調べていたら、偶然たまたま私のケータイを見つけてしまった。


そして赤外線で移したのか。


それでも何とかなると、私はこの瞬間まで思っていたのだが…。


「じゃーん! 見て見て! マカ、あたしもケータイ彼氏出来たのぉ」


んがっ!


教室に戻ると、席に座っていたミナが笑顔でとんでもないことを言ってきた。


「みっミナ…。昨日、あれほど言ったのに…」


「だぁってぇ、マカから聞いたらどぉしてもやりたくなっちゃって。でも夢中になりすぎて、もうすぐラブゲージ100いきそうなのぉ」


って、ちょっと待てっ!


0か100にいったら、ヤバイんじゃなかったか?


いや、マズイんだっけ?


いやいやっ、どっちも同じだ!


ミナは嬉しそうにケータイを見せてくれた。


少し長めの黒髪の青少年が、ミナのケータイの待ち受けにいた。


切れ長の黒い目、白い肌。


真面目で神経質そうな顔立ち。


「えへへ。ちょっとマカに似てるでしょ? 名前はマミヤくんって言うんだ」


「…んのアホォ!」


ゴッ!


「いったぁい!」


拳骨をミナの頭上に落とした。


「ケータイ没収! このバカ娘ぇ!」

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