好きになることの災難

『そう言えばさぁ』


キシとヒミカと別れた後、ハズミが電話をかけてきた。


「何だ?」


『もうすぐ、ミナってコの誕生日なんだろう? プレゼント、買った?』


「あっ」


…忘れてた。


「なっ何でハズミが知ってる?」


『ケータイのスケジュールに入力してたじゃん』


ああ、そうだった…。


「いかん、買ってなかった」


『じゃ、買いに行った方が良いんじゃない? もう明日だよ』


「だあっ! そういうことはもっと早く言えっ!」

私は電話を繋げたまま、駅前に向かった。


そこで小物屋に入る。


「あら、マカさま。いらっしゃいませ」


「お嬢様、いらっしゃい」


「ああ。私に構わず、仕事を続けてくれ」


表通りに面する2階建ての小物屋は、ミナの好きそうな可愛いデザインが売りだ。


しかも私の血縁の者が経営している。


ソウマのところとは違い、ちゃんとしたショップだ。


私は人気の少ない2階に上がった。


「昨年はパワーストーンのネックレス、一昨年はラインストーン付きのコンパクト。今年は何にするかな?」


『結構可愛いの選んでるんだね』


「ミナが好きなんだ、そういうの」


『女の子らしいね。可愛いコだし』


私は耳からケータイを離し、ハズミを睨み付けた。


「…いつ、ミナを見た?」


『ケータイで写真撮っただろ?』


ああ、見たのか。


「にしても、人のケータイの中身見て、ベラベラしゃべるものじゃないぞ」


『ゴメンゴメン。あんまりマカが構ってくれないからさ、ヒマで』


「じゃあ、お前も選べ!」


私は商品の前に、ズイッとケータイを伸ばして見せた。


「お前はミナに似合いそうなもの、何だと思う?」


『うっう~ん。このまま商品を見せてくれれば、意見言えるけど』


「じゃあ回る」

店内はそんなに広くはない。


ぐるぅ~と一周し終えて、ハズミを見た。


「どうだ?」


『うん、ヘアピンなんてどうかな? さっきビーズで装飾されてる可愛いヘアピンあったじゃん』


ヘアピン…と言うと、あそこか。


私はヘアーアクセサリーの棚に来た。


「どれだ?」


『あっ、アレ! あの水色の、花のラインストーンとビーズのヤツ!』


「あー、アレか」


私は手を伸ばした。割と高い所にある。


「んっ、んんっ」


指先をかすめるも、取れない。


『マカ、店員の人呼んだら?』


「それもそうだな」


私は振り返り、二階にいる店員に取って貰った。


「コレだろ?」


『うん、そうそう! 良いと思わない』


ヘアピンは2個セット。


水色の花はラインストーンで出来ていて、花の下に青のビーズがつながっている。


ちょっとかんざしに似ているな。


「うん、良いな。コレにする」


そう言って店員に渡す。


「プレゼント用だ」


「かしこまりました」


店員に可愛くラッピングしてもらい、私は会計を済ませた。


そして店を出て、お昼近くになっていることに気付いた。


人が多くなってきている。


「さて、どうせなら菓子の一つでも作ってやるか」


『マカ、お菓子作りするの!?』


「…良い反応だな、ハズミ」


私はにやっと口だけ笑い、ハズミを睨んだ。


『ちっちがっ…! ホラ、マカって人に命令してやらせてる場面が多いからさ』


ハズミはあたふたと手と首を振りながら、必死に言った。


「まあな。でも自分で料理や菓子ぐらい作る。こったものではないにしろ、一般的なものはな」


『じっじゃあクッキーとか?』


「それでも良いが…ミナはゼリーが好きなんだ。ケーキは毎年、ミナの母親が手作りで作っているし、少し豪華なゼリーで良いだろう」


『ゼリーか。良いなぁ。オレもマカの作ったの、食べてみたかった』


少し悲しそうな顔で言っているのは、自分の状態が分かっている証拠だ。


「…そうなったのは自業自得だろう? 次に生まれ変わる時まで、私は生きているからな。運良く記憶が残っていれば、会いに来い」


『うん!』


お菓子の材料を買いに、店へ向かおうとした時。


『でも…さ』


「うん?」


『さっきのお店の時とかさ…。やっぱり現実でマカと一緒にいたかったな。そうすれば…』


…そこでハズミの言葉が切れたので、私も何も言わなかった。


私はそのままゼリーの材料を買って、家に帰った。


「ただいまぁ」


「おかえり、マカ」


「どこに行ってたんだ?」


「んっ? セツカにシヅキ。どうした?」


リビングには二人がいて、三人のメイドがいなかった。


「三人はちょっと用があって出てるよ。ボク等は代役」


「それに分かったことがあったからな」

シヅキがフロッピーディスクを手にした。


「早いな」


私はテーブルに材料を置き、ソファーに座った。


「シヅキに急かされてね。マカやルカが心配だって」


「万が一のことがあったらどーする?」


「昨日からコレばっかだよ。おかげでボク、徹夜なんだけど」


確かにセツカの目は赤かった。


こういう機械関係は、セツカの方が強いからな。


「まっ、何はともあれご苦労。礼を言う」


そう言ってシヅキからフロッピーを受け取った。


「ヒミカからは?」


「お前達より先に呼び出され、もう受け取った」


カバンから茶封筒を取り出し、シヅキに見せた。


「早いな」


「ヒミカは優秀な男に好かれたものだ」


「本人はそれを喜んではいないみたいだね」


セツカが笑う。…イヤな笑い方をする。


「笑える立場じゃないだろ? セツカ。ウチの恋愛運の無さは、血筋から来ているんだから」


セツカの笑顔が凍った。それこそピキーンッと音が聞こえるようだった。


「ともかく、コレで何とか出来るといいんだが…」


シヅキは心配性だな。…いや、本気で案じてくれるんだから、人間みたいだ。


「ありがとう。何とかしてみせるさ。それよりセツカ」


「なっなに?」


未だに顔が固まったまま、セツカは私を見た。…ちょっと不気味だ。


私はキシから貰った茶封筒を、セツカに差し出した。


「ちょっと読んで見てくれ」


「うん」


セツカは受け取り、中の書類を出して、読んだ。


―十分後。


「…ふぅん。まっ、普通の人間が作ったにしては、立派なんじゃない?」


「このシステムなんだが、ラブゲージというものをなくして、ただケータイに落とすということは可能か?」


私はケータイを取り出し、振った。


二人は顔を見合わせる。


「まあ…不可能ではないと思うけど…」


「どうした? マカ。何でそんなことを言い出す?」


「便利だと思ってな」

「べっ便利?」


途端にシヅキがあきれ顔になった。


「ああ、何かと使える。ケータイで使いたい機能は言えばやってくれるし、私が忘れてたこともケータイに入力していれば教えてくれるからな」


「…確かにマカらしい意見だね。恋愛が絡んでいないところが、特に」


…失礼なヤツだ。


「やめやめ! マカ、いくらなんでも人間離れし過ぎてる。お前は人間の世界で生きていきたいんだろ? あまりおかしなことはするな」


「シヅキってうるさいよね」


「何だと? セツカ」


「そっちこそやめないか! 分かった、やらない。セツカも忘れてくれ。ただの戯言だ」


「…分かったよ」


セツカは書類を封筒に入れ、テーブルに置いた。


「―で? コレで終わり?」


「結果は出せるところまで来た。後は…」


それを行動に移すかどうか。


私はふと思い付いた。


…もしかしたら、シヅキの意見を無視せず、私の戯言は叶うかもしれない。


私は黙ってセツカを手招いた。


「?」


何も言わず、セツカは私に近付いてきた。


私はセツカの耳に、思い付きを言う。


しばらくして離れたセツカは、難しい顔をした。


「…まあ何とかしてみるよ」


「頼む」

「お~い、一体何なんだよ」


「まあ、な…。解決法の一つとして、試してみたいことがある」


「にしても、驚いたね」


「うん?」


セツカはにんまり笑った。


「マカがそんなこと言い出すなんて。前のキミなら、ためらい無く消していただろうに」


「消すには力を消耗する。…何だ? お前の力を分けてくれるのか?」


そう言って手を伸ばすと、セツカは慌ててシヅキの背後に隠れた。


「ごっゴメン! 悪ふざけ過ぎた」


「反省しているなら良し。それを結果として出してくれるのなら、なお良し」

「分かったよ。行こ、シヅキ。キミにも手伝ってもらいたい」


「あっああ。じゃあな、マカ」


二人は出て行った。


私は深く息を吐いて、ソファーに深く腰かけた。


そしてケータイを見る。


…コレは賭け。


私の願いはこの世に受け入れられるかどうか。


それとも彼等の存在こそが受け入れられてしまうか。


出来れば勝ちたい。


心残りを残して、死んでしまったものを、私はよく知っていたから…。


出来れば何とかしてやりたかった。

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