デザイン

 ――The sky is a great canvas for painting big ideas.


 黒板にチョークで書かれたその文字を、僕は声に出して読みあげた。思わず、笑いが漏れた。あいつらしいメッセージだった。



 高三の夏。級友たちが受験勉強のプレッシャーと卒業の名残惜しさを意識し始めるころに、あいつはまるで何の未練もないかのように一人先に広い世界に飛び立った。


「ビッグになって帰ってくるから!」

 挨拶の言葉に、みんなの涙が華やいだ。

「お前ならなれる!」

 誰かが叫んだ。僕もそう信じていた。きっとみんな信じていた。



「デザイン?」

 あいつの言葉をオウム返しした僕に向かって、あいつは真剣なまなざしを向けた。

「いいか、デザインっていうのは、夕飯に何を作ってどう盛りつけるかのことじゃない。空腹をどうやって満たすか、なんだ」

「ご飯を食べる以外に方法があるの?」

「わからん。それを勉強しに行く」

 あいつが言っていることはよくわからなかったけど、とにかく本気なんだってことだけは伝わった。



 地方都市の駅前に鎮座する奇抜なオブジェを眺めながら、僕は昔を思い出していた。

「ねぇ、ママ、あれ何のかたちしてるの?」

 手を引かれた男の子の質問に、母親は「何だと思う?」と答えた。

「ママは何だと思うの?」

「えー何かな……」

「僕はオムライスだと思う!」

「オムライス!?」

 我が子の豊かな発想力に母親の笑顔が弾けた。初夏の風に揺れるひまわりのようだった。


 僕は、翼だと思った。でも、たぶんオムライスでも正解なはずだ。いや、正解なんてそもそもない。だって、デザインっていうのは空腹をどうやって満たすか、だから。母親の笑顔がその証拠だ。


 僕はオブジェの足元に記された作品のタイトルに目を落とした。


 『The Sky』




 見上げた夏の抜けるような青空に、飛行機が一筋の線を描いた。


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