Let It Rain

「梅雨は雨ばかりで飽き飽きするよ」


 六月の太陽がまるで他人事みたいに言ったので、七月の太陽はきたくもないため息を盛大に吐かざるを得なかった。


「無責任なことを言うなよ。きみがもっと頑張れば済む話じゃないか?」


「だいたいが不公平なんだよ」と六月の太陽はなおも続ける。「きみたちはいいよね、自分たちが主役の舞台が用意されているんだから。僕なんか初めから出番が少ないことが決まってるもの」


「たいした出番もないのに重宝されるんだからいいじゃないか。天気予報でも『貴重な梅雨の晴れ間を有効に』とか言われてさ」


「あーそれな」と八月の太陽が同意する。「俺なんか毎日出ずっぱりで頑張ってんのに、『いい加減にしてほしい』だの『体調が悪くなった』だのクレームばっかりで嫌になっちゃうぜ」


「昔はよかったよ……『地球温暖化』の指令が出てからいろいろ変わってしまった」

 七月の太陽が少し寂しげに目を伏せた。


「あれって誰が言いだしたんだろうな?」と八月の太陽。

「人間が自分たちで始めたことだって聞いたよ?」と六月の太陽。

「え、そうなの? 何のために?」と七月の太陽。


「さぁね。自分たちでリクエスト出しといて文句を言うとは思えないから、嘘かもしれないけど」


「つまりだ。六月の太陽は自分の力を十分に発揮できなくて拗ねてる、と」

 八月の太陽がにやにやしながら、六月の太陽に言った。


「す、拗ねてなんかないさ」


「でも、それを言い始めたら八月の太陽はいいよな」と七月の太陽が言う。


「なにがだ?」


「力加減せずに思いっきりやれるだろ? みんな、『夏だ! 我々に日光を!』って感じだ。ウェルカムモード全開って言うの? そりゃ、四十度を超えたらいくらなんでもやりすぎだと思うけど。」


「あーそれな」と六月の太陽がにやにやしながら、先ほどの八月の太陽の真似をする。


「七月はさ、三十五度超えると『まだ七月なのにやりすぎだ』って言われる。かと言って三十度いかないと『夏らしくない』って……いったいどっちなんだよ? 『常に八割の力で』っていうのが一番難しいんだよ、何事も」


 喋っている間に興奮してきたのか、七月が急激に熱を帯びてきた。


「あぁ! ほら、また言われるぜ? やりすぎだって」

 八月の太陽が七月の太陽をなだめる。「あーでも、それ九月の太陽も同じこと言ってた」


 そう言って、反対側をちらりと見やった。九月の太陽はこちらの話が聞こえていないのか、相変わらず修行僧みたいに無表情に地上を見下ろしていた。


「『まだ夏が終わらないでほしい』っていう意見と『早く秋になってほしい』って意見がだいたい半々なんだってさ。『あちらを立てればこちらが立たずだ』ってぼやいてたな」


「あんな仏頂面してるくせにぼやくの?」


「彼は昔から難しく考えすぎなんだよ。てかさ、意見が半々ってどうしてわかるんだろうか?」


「さぁ、アンケートでも取ったんじゃないか?」


「あんな仏頂面で? 『よろしければ、アンケートにご協力いただけませんか?』って? 嘘だろう」


「なんだかんだ文句言ったって人間にはどうすることもできないし、僕らがいないと困るわけだから基本的には感謝してほしいよな。多少の不平不満は我慢してもらわないと」


「そりゃ違いない」


「うまくまとめたな」



「あの……」

 遠慮深げに六月の梅雨空が声をかけてきた。「そろそろ変わってもらえませんか? 明日は六月の最終日で、しかも日曜じゃないですか。朝起きてみんなが恨めしそうにこっちを見上げるの嫌なんですよね……。気が滅入るっていうか」


「あんた、それでよく梅雨空やってられんな?」と八月の太陽がなぜか感心したように言う。


「やりたくてやってるわけじゃないですよ。六月は『梅雨空』って相場が決まってるんです。少し休んだら、次は『夕立』、それから『秋雨』」


「え、ちょっと待って」

 六月の太陽が話を遮る。「それ、全部一人でやってるの?」


「そうですよ。雨は僕一人です」


「知らなかった」「知らなかった」「知らなかった」「知らなかった」

 声が四つ重なった。六月と七月と八月の太陽は、九月の太陽を見た。


「あいつ、話聞いてたんだな。あんな仏頂面して」と八月の太陽が囁く。


「え、まさかと思うけど、雪は? 雪は別だよね?」

 七月の太陽が尋ねる。


「雪は別です」


「あーよかった。それじゃああまりに過酷すぎる」


「雪のやつは楽でいいよな。期間限定のうえに、地域限定だからな。子どもたちには喜ばれるし」


「……でも、僕たちだって月ごとに担当が分かれてるだけマシだよ」


「まぁな」


「よし、わかった!」と七月の太陽が勢いよく膝を打った。「六月の太陽も梅雨空も、明日は休んでいい。ちょっと早いけど、ここは七月の太陽が一肌脱ごう」


「え、いいんですか?」と六月の梅雨空が恐縮する。


「僕も?」と六月の太陽が尋ねる。


「あぁ。六月の太陽はお疲れ様。梅雨空は英気を養って『夕立』に備えるんだ。七月は私が頑張るから、たまの恵みの雨になってやってほしい」


「あ、ありがとうございます。何と言っていいのか……感謝が尽きません」


「あー『つきない』と言えばよ、月がないときあるだろ? 新月っていうの? あれって俺らが関係してるのか?」


「え、そうなの?」




*  *  *  *  *


なんて「尽きない」会話をしてたら面白いなというだけの話。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る