入学編・後

「ふう……流石に疲れましたね」


「ああ。やっぱこの規模の大学だと、サークル数も凄まじいな……」


 時刻は夕方。

 カフェのテーブルを挟みながら、私たちはため息をつきます。

 目の前には100枚に届こうかという紙の束。


 これ全部、サークルのビラです。


「でもこれだけあれば、何個かよさげな所もありそうですね」


「ま、そのあたりはゆっくり見ていこう。

 さすがに今日はもう疲れたわ」


 そう言って英人さんはうなだれるようにストローに口をつけます。


 ううむ……流石に連れまわし過ぎましたね。

 こちらの欲望が先走り過ぎて、英人さんのことが気遣えてませんでした。

 これは反省せねば。


「すみません……私がはりきり過ぎたみたいで」


「大丈夫大丈夫。むしろ元気な真澄ちゃんが見れてよかったよ」


 私の謝罪に、ハハッと笑って返してくれる英人さん。

 疲れた体にその優しさはよう染みる……。


 もうこのまま英人さんの胸に飛びこんでしまいたいです。

 しかしそんなことを考えていると、


「あーくそ、マジムカつくわ

 あの東城とかいう一年の女、無駄にガード固てぇな」


「だよなー。俺らがせっかく誘ってやってるのによ」


「プライドっつーか理想が高けーんだよ。

 ニコニコ笑ってはいるけど相当高飛車な女だぜ、あれ」


「でもこれで二年連続で振られたって訳かよー。

 情けねーなー」


「うるせぇ! それを言うな!」

 

 突然店の入り口から数人の男性の声が。

 ぱっと見早応生なんでしょうけど……何だかガラが悪いですね。


 ってやば、リーダーっぽい人と目があっちゃった。

 早く逸らさないと。


「ん? あれは……ああ!!

 おーい、白河ー!」


 しかし私がそうする前に、そのリーダーっぽい男性は私に手を振って来ました。


「は、はい?」


 え、誰? 

 正直リアクションに困るんですけど。。

 しかし男性はそんな私の様子など気にも留めようとせず、何名か引き連れてこちらへと近づいてきます。


「いやー久しぶり! 

 元気してた?」


「え、えーと……は、はあ」


 んー改めて間近で見てみると、見覚えがあるようなないような……。

 まあどちらにせよ、特に親しいわけではないのは事実ですが。


「へーこの娘が去年のミス早応かー。

 結構可愛いじゃん」


「だろ?

 去年ひと目見た時スゲェ! と思って滅茶苦茶勧誘したんだよね」


「で、フラれたと」


「うるせぇ!」


 なんだかあれよあれよという前に彼らの中で話が進んでしまっていますが、これは一体……?

 勧誘、ということはどこかのサークルの人たちでしょうか?


「えーと、失礼ですがどちら様でしょうか……?」


「え、白河覚えてないの!?

 俺だよ俺!」


 いやそんな今時の詐欺師だって言わないようなフレーズで詰め寄られましても。

 しかし微かな見覚えだけはあるのは事実ですからね。


 うーむ、確か………。


「あ! もしかして去年の新歓期間に勧誘してきた人ですか?

 確かサークルはテニスかなんかの……」


「そうそう! 俺、『ゴールドフリー』の砂原スナハラだよ! 

 やっと思い出してくれた!?」


 ああ、そう言えばテニサー『ゴールドフリー』の人でしたね。

『ゴールドフリー』と言えば評判悪いウェーイ系テニサーの代表格。

 そのガラの悪さは筋金入りで、十年前には一時活動停止処分も下された程の問題児集団。


 私も入学当初はあまり知りませんでしたが、一年経てばその悪評は嫌でも耳に入ってきます。


 確かにしつこく勧誘されたせいで軽く立ち話をしたことはありましたが……言ってしまえば彼とはその程度の関係のはず。


「はあ、どうも……」


 正直なんで話しかけてきたのかも分かりませんが、適当に相槌を打っときましょう。


「おー良かった。

 でさ、白河って今サークル探してるの?

 ビラもめっちゃ貰ってるみたいだし」


「え、いや」


「だったらうち来なよ! 

 白河ちゃんなら俺たちも大歓迎だよなぁ!?」


「おお!」


「だよな!」


 なんか私を置いてけぼりに彼らだけで盛り上がってますね……。

 正直頼まれても入るつもりはないですし、ここはきっぱり断っとかないと。


「すみません、別にそちらのサークルに入るつもり『ところで、どんなサークルのビラをもらってるのかな~?』……ちょ、ちょっと」


 しかし私が言い終える前に、砂原はせっかく集めたビラを取り上げてしまいました。

 そして雑にパラパラとめくって中身を確認していきます。


 しかし数枚ほど見た後、呆れたように溜息をつきました。


「おいおい白河、お前こんなサークルに興味あんの? 全然似合わないって。

 これなら『ゴールドフリー』に入った方が百倍いいだろ。

 ほれ、お前らを見てみろよ」


 そして砂原は仲間にビラを回していきます。

 お前、人のモノを勝手に……。


「うわっ、文化系のサークルばっかじゃん!

 いやいや、こんなオタク共の巣窟に行っちゃダメだって」


「ホントだ、こんなとこ入ったらせっかくの大学生活がもったいないねーよ。

 その点俺らは盛大に満喫してるからさ!」


「あの、そろそろ返して頂けると……」


「いやいや、こんなの白河には必要ないっしょ。

 ホラ、このとーり処分っと」


 そして一通り周り読みを終えた後、砂原はゴミ箱にビラを持った手を伸ばしていきます。

 まさか……。


「だ、ダメっ――」


 思わず立ち上がる私。

 それは今日英人さんと一緒に歩き回って集めたビラたち。

 一枚一枚はただのコピー用紙ですけれど、こんな人たちの手によって勝手に捨てられていい代物じゃない。


 でも、ここからじゃ間に合わない――


 その時。


「――人の物を、勝手に捨てるな」


 英人さんが、砂原の腕を掴んでいました。

 い、いつの間に彼の傍まで……。


「はぁ!? なんだテメェ?

 さっきから白河と一緒にいたみたいだけどよ!」


「その前に、まずはこっちだ」


 英人さんはそのまま砂原の腕を押さえつけ、その手からビラの束を引きはがします。

 力が強いせいか、砂原はビクとも動きません。


「ぐっ……つっ! テメェ……!」


「これでよし、と」


 そして睨みつける砂原を余所に、黙々とビラを鞄にしまう英人さん。

 嬉しいことには嬉しいんですけど、そんなことして大丈夫なんですか……?


「くそ……! あーあテメェ、この腕どうしてくれてんだよ。

 強く握ったせいで腫れちまったじゃねぇか。

 骨折でもしたらどうしてくれんだ、オラ!」


 予想通り、相手は難癖をつけてきました。

 若干赤くなった腕をこれでもかと見せびらかしてきます。


 ぶっちゃけ、絶対骨折なんかしてないと思いますけどね!


「大丈夫、折れてなんかないよ。

 真澄ちゃん、行こうか」


「え、は、はい……あっ」


 しかし英人さんはそんなものはお構いないなしとばかりにカフェを去ろうとします。

 状況が状況だからか、私の手を優しく取って。


 思わずちょっとだけ声が出てしまいました。

 いやあこのゴツゴツしつつも優しい感触、たまらんでぇ。


「おいおいおい! なに勝手にどっか行こうとしてんだよ?」


「そーだよ。まだ話が済んでねぇだろうが!」


「砂原先輩の腕を折った謝罪と賠償を要求しまーす!」


 私の思考がトリップしている中、砂原とその取り巻きは私たち二人を取り囲みます。

 表情も先程より険しく、正に臨戦態勢といった気配。


 薄々予想はしてましたけど、仮にも大学生が本当にこんな真似をしてくるとは……。


「お、お客様。

 店内でそう言った行動は控えていただけると……」


「うるせぇ! 俺たちは被害者だ!

 文句はこのオッサンに言え!」


 終いには店員にも当たり散らし始めました。

 被害者はどう考えても私たちとお店の方だと思うんですけど(名推理)。


「すみません、店員さん。

 俺ら二人はすぐに出ていきますんで」


「は、はあ……」


「だから何勝手に出ていこうとするんだテメェ!」


「あっ英人さん!」


 そしてついに苛立ちが頂点に達したのか、砂原は英人さんに掴みかかろうとします。

 さすがにこれ以上は危ない、そう思った私は二人の間に入ろうとしました。


 しかしその時。


「んあっ!?」


 砂原が床に落ちていた紙ナプキンで足を滑らせ、体勢を大きく崩したのです。


 グラスの水を吸っていたせいかいつも以上に大きく弧を描き、前に飛び出るように倒れていきます。

 英人さんに掴みかかろうとしていたからか勢いは速く、その前に突き出した右腕の肘は――。


「えっ――」


 私の顔面へと、一直線に向かっていました。


 突然訪れた危機に、ゆっくりと流れていく時間。

 しかし確実に肘は私の顔目掛けて迫ってきます。


 砂原の身長は、およそ180cm。

 やや大柄な男の肘が直撃すれば、死にはせずとも無傷では済まないでしょう。


 だったと少しでも被害を減らさないと――。


 私はそう思い、目をギュッと瞑りました。


 しかし。


(あ、あれ……)


 いくら待っても、何も起こりません。

 顔どころか、体のどこにも変化はナシ。


 感じるのは英人さんが握る手の温もりだけ。

 恐る恐る、私は瞼を開いていきます。


 そしてそこにあったのは――


「ほら、気を付けろよ」


「な、な……!」


 握手のように砂原の手を掴む英人さんと、その表情を驚愕に染めた砂原の姿でした。


「え、何だ今の……!」


「体が、宙で回った、のか……?」


 周囲に目を向けてみると、砂原の取り巻きや他のお客さんも同様の表情。

 一体、何が……?


「……さ、行こうか」


「え、は、はい英人さん」


 しかしその疑問が解消されることなく、英人さんは再び私の手を引きます。


 静まり返った店内を横切っていく英人さんと私。

 前方には砂原の取り巻きも立っていましたが、英人さんが近づくと咄嗟に道を空けていきます。


 そしてその目は、何か超常的なものを見た時のような、まさに畏怖そのもの。


(英人さん、やはり貴方は一体……?)


 心の奥底から、かつて封印したはずの疑問が浮かび上がってくる。

 それはすごく聞きたいけれど、そうしたら私たちの何かが崩れてしまいそうな、そんな問い。


 本当に帰ってきてからの貴方は、分からないことが沢山。


 でも――


(手、あったかいな)


 確かなことだって、私は沢山知っている。

 だからこれから四年間かけて、それを少しずつでも増やしていきたい。


 ですから、これから楽しみにしていて下さいね?


 そう心の中で決心しながら、私はその手を少し強く握り返したのでした。






「――ほう。

 一時はどうなることかと思ったが、中々面白い男性じゃないか。

 特にその普通そうな見た目とは裏腹な、底の知れなさがいい。

 名前はヒデト、か……うん、是非とも我が『ファンタジー研究会』に欲しい」





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 



 そして、数日が経ちました。

 カフェでの事件のせいもあってちょっと日を跨いでしまいましたが、そこはそれ。

 今日こそはサークルを探しませんと!


 さぁ待ってて下さい英人さん、華のキャンパスライフはすぐそこですよ~ッ!


 ――ヒュポッ。


 ん? メッセージアプリの通知ですか。

 こんなタイミングで誰が……って英人さんからだ。


 おお、貴方も私のやる気を察してくれましたか。

 いやはや私たちは以心伝心、いやもう一心同体といっても過言ではないのでは!?


 さて、内容はどんなですかね~♪


『無事サークル決まったよ

 ファンタジー研究会ってとこ』



 …………へ?

 ぱ、ぱーどぅん?


 てか何ですかファンタジー研究会って。

 もらったビラの中にもそんなサークルはありませんでしたよ!?


 いや落ち着け白河 真澄。

 ここは冷静に事実関係を確認するのだ。


『それはおめでとうございます!

 ちなみに、どういった経緯でそのサークルに?』


『なんかイズミさんっていう代表の人から熱心に誘われてな。

 まあビラにあったサークルもいまいちしっくりくるものがなかったのも確かだし、もう流れに身を任せちゃおうかなって』


『なるほど!』


 いやなるほどじゃないですって私。

 しかしここにきて思わぬ伏兵が来るとは……てかわざわざ代表の人が熱心に誘うってどういうことや。


『真澄ちゃんも忙しい中色々協力してくれてありがとな!

 田町キャンパスから来るのは大変だったろうけど、もう大丈夫だから』


『いえいえ、どういたしまして!

 英人さんも大学生活頑張ってください!

 先輩として何でも相談乗りますから!』


『おう、その時は宜しく!』


 そしてそれから何個かやり取りをした後、会話は終わりました。


 スマホをスリープモードにした瞬間、全身の力が抜けていくのが分かります。


 ああ……なんで私、ここで「じゃあ私もそのサークルに入ります」の一言が言えなかったんだろう。

 変に先輩風ふかしたおかげで、せっくかく英人さんとのサークルライフがぁああ……。


 確かに、英人さんの気遣いもありがたいのですが……。

 でもここは一言、そう一言だけ言わせてください。



「英人さんの、裏切りものぉーっ」



 こうなったら次こそは、もっと関係を進展させて見せるんですからね!




                         ~入学編・完~

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ずっと行方不明だった近所のお兄ちゃんが戻って来たけど、様子がおかしい。まさか異世界に行ったりしてないよね!? ヘンリー @staymen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ