帰還編・後

その後も一緒に過ごしていく内に、どんどん私の中で疑惑が強まっていきます。

 例を挙げると……


「英人さん! 救急箱持ってきました! ……ってあれ? もう傷が……」

「以前に比べて傷の治りが早くなったのよね。健康的な食生活のおかげかな?」


「英人さん、それ100キロ……。しかも片手で……」

「鍛えてますから」


「い、今明らかに雷が直撃して……」

「気圧の関係で何とかなった(適当)」


 後とっさに誤魔化してますけど、『魔法』というワードを何回も言いかけてるの、私しっかり聞いてますからね!


 とまあ日頃から何度もそんな光景をしていれば、自然と一つの結論に行きつきます。


 ……英人さん、まさか異世界に行ってたりしてませんよね!?


 そうでもなければ、これまでの現象に説明がつきません。


 しかし……そうなると困りました。

 どんな姿の英人さんも受け止める自信はあったのですが……まさか異世界とは。

 それに手の古傷を見る限り、すっごい修羅場を潜り抜けてきたみたいですし。





「はあ……」


 大学からの帰宅途中、私は思わず溜息をつきます。

 この頃英人さんが文字通り遠い世界の人のように思えて、何だか少し寂しいのです。


 別に「好き」という気持ちがなくなった訳ではありません。

 むしろ、以前よりもっと好きになりました。だって想像以上にカッコよくなって戻って来たんだもん。


 でもだからこそ、私なんかが隣に立っていいのかと時々どうしようもなく不安になります。

 もうかれこれ三か月経ちますが、結局アピールは出来ても告白までは中々踏み込めないままです。


 しかしうじうじ悩んでいても仕方ありません。

 それに今日は受験勉強の様子を見に英人さんの家へと行く予定、切り替えないと!


 そう思って気合を入れ直していると、前方から男女の集団が。

 それは男性数人に対し女性一人と少し珍しい男女比率です。


「……白河 真澄ね?」


「は、ハイ」


 いきなり女性が名前を呼んできたので、思わず返事してしまいました。


 よく見てみると、その女性には見覚えがあります。

 確か、私と同じミス早応のファイナリストの一人です。名前は日野ヒノ 果南カナンさん。


「あんたのせいよ……」


「え?」


「あんたが汚い手を使ってグランプリの座をかっさらったから、私がグランプリになれなかったのよ!」


 日野さんはいきなり声を荒げます。

 確かに投票の結果、私は(不本意ながら)ミス早応のグランプリには選ばれましたが……


「べ、別に汚い手なんか、使ってません」


 そもそも積極的な行動すらしていません。これはれっきとした誤解です!


「誤魔化したって無駄よ! 普通に考えて、チャーハンの画像上げるような女がグランプリ取れる訳ないでしょ!」


「そ、そんな事言われましても」


 そんなの私が一番聞きたい位です。

 やっぱりチャーハンなんですかね? おいしいですし。


「フン。まあいいわ……あんたたち、『彼女を捕まえなさい』!」


 そう言って日野さんが指示すると、男性の方々が一斉にこちらに向かってきました。


 もしかしてこれって……かなりのピンチ!?


 私は急いで回れ右をして逃げ出しますが、こんな日に限って履いているのはヒール。

 すぐに男性の一人に腕を掴まれてしまいました。


「は、離してください!」


 必死に振りほどこうとしますが、男女の力の差は歴然。

 手が離れる気配はありません。


「よし! あんたら、『そのまま押さえてなさい』!

 さて、お次は……」


 そう言って鞄から何かの瓶を取り出す日野さん。


「それは一体……?」


「ああこれ? これはH2SO4。硫酸と言えば、文学部のあんたでも分かるでしょ?」


「――!」


 そして瓶の蓋を開け、一歩一歩ゆっくりと私の方に近づいてきます。

 ま、まさか――


「あら、その様子だともう察したようね。これから何が起こるのか。

 そう、今からこの液体をあんたの顔にかけるわ。

 大丈夫、死なないように加減はするから……でも、死んだ方がマシと思うような顔にはなってもらうけど」


 そう言って彼女は歪んだ笑顔を見せてきます。


「や、やめて下さい! 離して下さい! これ以上やったら犯罪ですよ!?」


 そう叫んで腕を掴んでいる男性の顔を見てみると、全員目の焦点が合っていません。

 半開きになった口からうめき声を漏らしつつ、日野さんの指示に従っています。

 明らかに普通じゃありません。


「えっ……!?」


「あら、今頃気付いたのね。これは私が持つ特別な『力』。

 ファンの男共を下僕にしてどんな命令でも聞かせられるのよ!」


「ち、『力』……?」


 彼女が何を言っているのかは完全には理解出来ませんが、今が異常な状況である事だけは分かります。


 私は一層強く暴れて拘束から逃れようとしますが、やはり抜け出すことは出来ません。

 別に自分の容姿に絶対的な自信や執着があるわけではないですが、それでも顔はやはり大切な部分。

 硫酸で崩れてしまうのは、とても耐えらません。


「いくら暴れたって無駄よ。これからあんたは不細工、いや化け物として一生を過ごすの。

 グランプリだなんて分不相応な肩書をもらったんだもの。これ位の罰があっても当然でしょ?

 だから今回は特別に、私が直々にやってあげるわ」


 そう言って彼女は瓶の蓋を開け、私の顔の前に持ってきます。

 特に匂いはしませんが、まるで瘴気のようなものが出てきて体にまとわりついてくるような錯覚を覚えます。


「い、嫌……!」


 震える唇で必死に言葉を紡ごうとしますが、恐怖で中々声が出ません。


 もし私の顔が崩れてしまったら、もう二度と英人さんに顔を見せられなくなってしまう。

 それは顔が焼ける痛みよりも、ずっと辛く恐ろしい事。


 ……こんなことになるのなら、さっさと告白しておけば良かったな。


 そう思う間にも、瓶はどんどん傾いていく。


 あともう少しで、液体は私の顔に垂れる。


 それを直視するのに耐えられなくなって、私はギュッと目を瞑る。


「助けて、お兄ちゃん……!」


 そしてそう呟いた瞬間、私の意識は途絶えました。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「……ん、あれ?」


 ふと目を覚ました時、そこは誰かの背中の上でした。


 あれ、確か私は……


 朧げな記憶をたどりつつ、私は状況の整理を行います。


 とりあえず私は今、誰かにおんぶされている。

 そしてその後姿から見るに、正体はおそらく――


「えっ……ええっ!?」


「ん? ああ起きたか、真澄ちゃん」


 その人が英人さんだと気づいて、私は思わず変な声を上げてしまいました。

 しかももう大学生なのにおんぶまでされて……うう恥ずかしい。


 でも何で、英人さんが私をおぶっているのでしょう?

 もしかして英人さんが助けてくれたという事なのでしょうか?


「英人さん、私――」


「たまたま通りかかった所に倒れてたからな。びっくりしたぞ。

 多分貧血だと思うから、今日は帰ったらすぐに寝た方がいいぞ」


 私の話を遮るように、英人さんは喋ります。

 まるで都合の悪いことを誤魔化すような話し方。


 それに対して私は――


「クスッ……はい、分かりました」


 思わず少しだけ、吹き出してしまいました。

 だって昔から、誤魔化し方が変わっていないんですもの。

 嘘をついたり、何かを隠す時はいつもそう。


 何だか、すごく安心しました。

 たとえ『異世界』に行っても、お兄ちゃんはお兄ちゃんなんだなって。


 私は嬉しくて思わず、背中に抱き着く力を強めます。


「お、おいどうしたいきなり」


「何でもありません。ただちょっとだけ、昔のことを思い出しただけです」


 思えば、私がケガをしたり疲れた時はいつもこうしておぶってもらってました。

 景色は少し変わったけれど、差し込む夕日はあの時のまま。



 ……うん、決めました。


 何で私を助けた事を隠すのかは、聞きません。もちろん八年間のことも。

 多分、話せない理由があるのでしょうから。


 ですから私は、貴方が話してくれるまで待ちます。


 だって、八年間も待ったんですよ? 

 こうなったらもうずーっと、待っててやるんですから。


 だから覚悟してて下さいね?

 私、英人さんが話したくなるようなイイ女になってみせますから。


 「フフッ♪」


 そして私はもう少しだけ、体をお兄ちゃんに押し付けたのでした。



                               ~帰還編・完~

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