末路

   

宇喜多うきたさん! 宇喜多さん!」

 声と同時に、ドンドンとドアを叩く音も聞こえる。

 誰かが――普通に考えれば声の主が――、アパートのドアを叩いているらしい。

 こんな夜中に、宅配便の配達でもないし、新聞の勧誘でも、何かの集金でもないだろう。

 とりあえず、今の時間にこれでは、近所迷惑だ。放置しておいたら、俺がアパートの大家さんから怒られるかもしれない。

 俺は、悪夢から覚めた直後の、汗びっしょりの体で、応対することにした。


「はい、はい。今、行きます!」

 外に聞こえるように叫びながら、扉に近づき……。

 ドアを開けると、そこに立っていたのは、二人の男性。

 スーツ姿の二人組だが、ビジネスマンとは違う、どこか鋭利な雰囲気を漂わせていた。

 彼らは、刑事ドラマで見たような黒い手帳と、パッと見ただけではわからない書類を、俺に提示して……。

 俺を逮捕した。



 要するに。

 二人は警察官だったのだ。

 彼らに言わせると、俺は連続殺人事件の犯人なのだという。


 被害者リストの中には、ミヨちゃんや小早川こばやかわのように、知り合いの名前もあったが……。

 それ以外は全て、知らない女性のものだった。

 平塚ヒロミ、木下ヨリコ、大谷ヨシエ、小西ユキ、島津トヨコ、島サキ、石田ミツコ……。

 見たことも聞いたこともない女性たち。いや「聞いたこともない」は、少しだけ違うような気がする。

 気のせいだろうか、なぜか名前だけは聞き覚えがあるような……。

 どうしてだろう? これが、いわゆる既視感デジャヴなのだろうか?

 いや、違う。

 例の悪夢だ。

 あの『猿夢』の中で、列車に乗っていた女たちの名前だ……。


 夢といえば。

 昔どこかで聞いたことがある。

 夢は記憶の整理なのだという。一見「なんだこれ」と思えるような内容であっても、それは、どこかで見たり聞いたりした出来事の繋ぎ合わせなのだという。

 そして、記憶といえば。

 時に人は、都合の悪いことを忘れるのだという。覚えていたままでは苦しいこと・辛いことなどに関して、自己防衛の本能が働いて、記憶に蓋をしてしまうのだという。


 ならば。

 あの『猿夢』で出会った女たち。

 彼女たちは、俺が「覚えていてはいけない」という理由で、忘れてしまった女たちだったのか。

 ならば。

 俺と彼女たちは、俺の現実世界で、一体どういう出会い方をして、一体どういう別れ方をしていたのか。

 あんなに魅力的な女性たちなのに……。

 俺は、全く思い出せない……。



「これだけ殺せば、死刑は確実だな」

 取り調べの途中で、目の前の警察官が、吐き捨てるような顔で言っていた。それだけは、妙に記憶に残っている。


 記憶。

 俺には、彼女たちを――そしてミヨちゃんや小早川を――殺した記憶なんて、一切ないのに。

 その罪で、俺は死刑になるらしい。

 記憶にない以上、濡れ衣としか感じられないのだが……。


 最近。

 俺の頭の中で。

 あの夢で再会したミヨちゃんの言葉が――二つのセリフが――、妙にリフレインしている。


「宇喜多くん、あなたも死ぬのね」


「大丈夫。もうすぐ、あなたも私と一緒になれるわ」




(「俺の猿夢」完)

   

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俺の猿夢 烏川 ハル @haru_karasugawa

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