夢、再び

   

 小早川こばやかわの葬式が行われた日の夜。

 俺は、また例の夢を見ていた。

 ただし、今度はプラットホームからではない。

 列車の中からスタートだった。


「そういえば、小早川が言ってたな。『後日、続きを見る』って……」

 今日の葬儀で穴のあくほど見つめた、彼の遺影を思い出しながら。

 俺は、ぐるりと車内を見回した。

 前回は、ガラガラの――俺の他にはミヨちゃんしか乗っていない――車両だったが、今回は、かなりの客が乗っている。

 おそらく、手違いで俺は、死者のための指定席車両に乗せられてしまったのだろう。


 不思議と、乗っている客たちは女性ばかりだった。

 やはり『死者』だけあって、妙に青白い顔をしているのだが、それでも、魅力的な外見の女性ばかりだった。

 美人系だけでなく、美少女系とか、あるいは、素朴な顔立ちだけれど地味な可愛らしさがあるとか。とにかく全員、俺の好みのタイプだった。

「こんな夢の中ではなく……。現実の世界で出会いたいものだ」

 それこそ、現実世界で出会ったら、一目惚れ……とまではいかないが、少なくとも「口説きたい!」と思ってしまうような女性たち。

「それで受け入れてもらえなかったら……。まるでストーカーのように、付きまとうかもしれないな」

 どうせ夢だから、俺は言いたい放題だ。現実世界の俺は、そこまで危険思想の人間ではないのだが。

 ただし、俺としては独り言のつもりであっても、その言葉は、周囲の者たちにバッチリ聞こえていたらしい。

「ああ、宇喜多うきたくんだ」

「やっぱり、宇喜多くんは変わらないのねえ」

「ふふふ……。ちょっと懐かしいわ」

 まるで「今その存在に気づいた」と言わんばかりに、車内の女性が、一斉に俺の方を向く。

 あらためて顔を確認すると、うん、現実世界では会ったこともない女性ばかりだ。 

 それなのに……。

 なぜだろう? 彼女たちの名前を知っているような気がするのは。

 平塚ヒロミ、木下ヨリコ、大谷ヨシエ、小西ユキ、島津トヨコ、島サキ、石田ミツコ……。それぞれの顔を見るたびに、次から次へと、その名前が浮かんでくる。

「いや、不思議がる必要もない。これも『夢だから』で説明つくじゃないか」

 そうやって俺が自問自答する間に。

 女性たちは、俺の方へ、にじり寄ってきていた。


「宇喜多くん。私は、これよ」

「覚えてるかしら、これ?」

「一瞬だから痛みはないけど……。視覚的に、怖かったの」

「私、息が苦しかったわ……」

 ナイフ、包丁、アイスピック、ロープなど。

 彼女たちは全員、何か一つ、凶器と成り得る物を手にしている。

 まるで、それで今から順番に俺を傷つけるのだ、と言わんばかりに。


 列車の中というシチュエーションと、凶器を持った乗客たち。

 今の状況が、昔読んだ推理小説を思い起こさせる。

 乗り合わせた全員が犯人だった、という話だ。

 みんなで一刺しずつ。

 もう詳細は覚えていないが、動機は怨恨だったと思う。少なくとも、遺産相続関連ではなかったはず。金銭目的なら、そんな殺し方は必要ないはずだし。

 おそらく被害者は、容疑者全員から恨まれていたのだろう。だから、少しずつ殺された。


 しかし。

 俺は今、こんな女たちに恨まれる覚えはない!

 そもそも、顔も知らないくらいなのだ!


 いつのまにか彼女たちは、腕を伸ばせば触れることも出来そうな距離まで、近づいていた。

 四方八方から取り囲まれているので、俺に逃げ場はない。

 全員が魅力的な外見の持ち主であり、それが一斉に迫ってくる以上、凶器さえなければ、まるでWEB小説にあるハーレム展開なのに……。

「こんな狂気の凶器ハーレムは嫌だ」

 そう声に出したところで。

 俺は、夢から目覚めた。



 目が覚めた先は、真っ暗な俺の自室。その布団の中だった。

 悪夢は終わった。

 そう思って、ホッとしたのもつかの間。

 はっきりとした、現実世界の声が聞こえてくる。

「宇喜多さん! 宇喜多さん!」

 どこか恐ろしげな、ドスの効いた声だった。

   

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