友人K

   

宇喜多うきた、それは『猿夢』ってやつだな」

 翌日の、会社の昼休み。

 社員食堂で同僚と食事中に、昨夜の夢を話した俺は、そんな言葉を返された。

「……猿夢?」

 キョトンとした顔で、聞き返す俺。

「そう、猿夢だ。都市伝説の一つだな」

「都市伝説……。トイレの花子さんとか、口裂け女とか、みたいな?」

「そうそう。そんな感じ。ただし……」

 この時、同僚の小早川こばやかわの顔には、苦笑いが浮かんでいた。



 小早川。

 同じ部署で働く、同じプロジェクトチームの一員だ。同じ仕事をしているせいで、こうして休憩時間も一致してしまい、昼休みも一緒に食事をすることが多い。

 まあ『友人』と呼んでも構わないのだろう。

 特に、三年前。出会ったばかりの頃は、人付き合いなんて苦手な俺が、珍しく「こいつとは親友になれるかもしれない」と思うほどだった。

 ウマが合うというか、趣味嗜好が重なるというか……。とにかく、互いの「好きなもの」の方向性が一致するから、会話をしていて楽しかったのだ。

 それまで「こんなもの好きなのは俺だけだろう」と思ってきた漫画やアニメまで同じだから、本当に意気投合したものだった。

 しかし。

 好みが合う、という言葉が意味する落とし穴。そこに俺が気づいたのは、知り合ってから二年後。

 休日、俺が大学時代の友人と街で遊んでいた時に、たまたま小早川と出会って。

 話の流れで、その友人を彼に紹介した結果。

 二週間後、その『友人』――戸田とだマサコ――と小早川が、恋人関係をスタートさせた時だった。


「いやあ、会った瞬間、ビビッと来たんだよなあ。ああ、これが一目惚れってやつか……。そう思ったよ」

 幸せそうに語る彼は、当然、気づいていないようだった。

 俺にとって戸田マサコが、どんな存在だったのか、ということに。

 戸田マサコ。

 大学に入学した一年目から、ずっと俺が恋い焦がれ続けてきた、高嶺の花。ようやく『友人』としてならばデートできる、それくらいの距離まで近づいたのに……。

 その矢先に! 『親友』とも思える男に、かっさらわれてしまうとは!

 そう。

 俺と小早川は、好みの女性のタイプまで一致していたのだ。



「……しっかりとした民間伝承ではなく、インターネット発祥の都市伝説らしい」

 今。

 苦い思い出を回想する俺の前で。

 小早川は、平然と説明を続けていた。

「宇喜多が乗ったという列車。遊園地の乗り物みたいな、ちゃちな列車だったのだろう?」

「ああ。少なくとも、外から見た感じは、遊園地のアトラクション……。特に、ジェットコースターみたいなメインではなく、遊園地全体を観光がてら回るような、そういう乗り物だった」

「そう、それだ。昔は『おサルの電車』と呼ばれていたらしい」

 言われてみれば、そんな言葉を聞いたことがあるような、ないような。

「それで『猿夢』という名称なのか……?」

「あと、車内の車掌も、本来ならば猿らしいぞ」

 俺の場合は、どう見ても猿ではなかったのだが。

「とりあえず『猿夢』と呼ばれる所以は理解した。それで? 内容的に、その『猿夢』ってパターンと一致するのか?」

「ああ、そうだ。本当は、車内で怖い思いとか痛い思いとかするらしいが……」

「痛い思い?」

 思わず聞き返すと、

「猿の車掌に、体を切られたり抉られたりするらしいぜ」

 なるほど、俺の夢にあった「オブジェにされる」云々が、それに相当するのだろう。

 おそらく、俺は『猿夢』のメインが始まる前に、目覚めてしまったわけだ。


 そして、これで夢の話題は終わったかに見えたが……。。

 食事が終わる頃、小早川は、思い出したように続きを語り始めた。

「そういえば。猿夢には、続きがあって……」

 基本パターンとして、猿夢を見た者は、後日、必ず続編のような夢を見るらしい。

 そして、一度目の夢からは生還できたように、今度も生還できるのだが……。

「……去り際に『次は逃げられないぞ』と釘を刺されたり、起きた後の現実世界でも『まだ終わってないよ』みたいな声が聞こえたり。とにかく、いかにもホラーっぽく『本当に助かったのだろうか?』という恐怖が残る形で終わるそうだ」

「へえ。『いかにもホラーっぽく』か。なるほど……」

 当たり障りのない言葉で返すしかない俺に対して。

 小早川は冗談っぽく、

「ああ、ホラーの定番といえば……。猿夢にも、呪いが伝播する、みたいなパターンがあったはずだぜ。猿夢を見た本人ではなく、その話を聞いた別人が、最後に不幸に見舞われる、という終わり方」

「なんだよ、それ。それじゃ俺じゃなく、小早川の方が危険じゃないか。大丈夫か、おい」

「ははは……。しょせん都市伝説だぜ? 宇喜多の適当な夢に呪い殺されるほど、俺はヤワじゃないさ」

 そう言って笑っていたのだが……。


 三日後。

 その小早川が、自宅マンションの階段から転落して死んだ。

   

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