相対性理論と石……そして未来へ

「この芋スナ野郎が!」


 男が暗がりで粘着く笑みを浮かべながら、カチリとマウスをクリックする。と、同時に“バスン“と言う音が響き、画面の中のスナイパーがバタリと地に伏した。


「雑魚め。ヘイヘイ、死体の上で勝利のダーンス!」

「何をしておるのだ?」


 ヌゥっと厳つい顔が男の横から突き出た。


「あ、死体蹴りしてる。キミ、マナー悪いねぇ」


 もう片方から細身の顔が現れた。


「これはFPSよ、おじちゃま。一人称視点のTVゲームなの」


 突如として現れた見知らぬ三人に男は驚き、声を荒げた。


「な⁉︎ アンタら、どこからきた!」

「私たちは…(以下同文)よ」

「神?……ゲームのしすぎかな?」


 目の前の妙な三人組は夢か現か。 男は頬をつねった。痛い。だが、まだ現実とは思えなかった。

 厳つい男に優男、それに謎の少女……美少女である。少女は男のストライクゾーンであった。当然違法である。皆も気をつけよう。


 痛い夢もあるかもしれない。夢なら触っても良いだろう、と男が時遡昇比売ときさかのぼりひめに手を伸ばす。


「触るなゴミめ」


 突如、強い力で男が床に押し付けられた。普段とは違う時遡昇比売ときさかのぼりひめの言葉遣いに磐ちゃんが目をパチクリさせた。


「と、時ちゃん?」

「私、こんなヒト少女性愛者が大嫌いなの。おじちゃま、このまま潰してもいい?」

「だ、だじげて〜。もうじまぜん〜」


 男の無様な許しと磐造狒々命いわつくりひひのみことの戸惑いを受けて時遡昇比売ときさかのぼりひめは男を解放する。彼女柱かのじょの急変振りを見て、磐ちゃんはヒゲを押し付ける頬ずりは控えようと心の中で強く思った。


 その傍で青銅焔神せいどうのほむらかみは男のパソコンを勝手に使い始める。


「さて、この時代の石をインターネットで調べてみようか」

「ゲホゲホ……あ、ちょっと。あんた何勝手にさわってんだ!」


 むせる男を無視して、青銅焔神せいどうのほむらかみがWikipediaで調べ始めた。


「ふむ、この時代の最強兵器は核兵器と言うんだね。すごい、この兵器はあまさんの力を使っているね」


 彼柱かれが馴れ馴れしく言うあまさんとは天照大神(あまてらすおおみかみ)のことである。彼柱かのはしらの権能は“核融合”である。


 太陽の中では重水素と三重水素が融合して、ヘリウムと中性子になる核融合反応が起きている。その融合過程で質量欠損Δmが発生し、それと同時に光速(cと定義する)の2乗を積算したエネルギー(E=Δmc2)に還元される。

 太陽の光はこの核融合で反応した熱である。また、水爆はこの力を使った最終兵器でもあるのだ。


 神話の時代、天照大神あまてらすおおみかみ天岩戸あまのいわとに隠れた際、一時的に太陽の核融合反応が途絶えた。神々の力で幸いにも彼女柱かのじょを引きずり出すことに成功したが、もし隠れたままだと、太陽は中性子星になった挙句、超新星爆発を起こしていただろう。


あまさん、自分の力をあんまり理解してないんだよね。簡単にヒトにあげちゃったんじゃない?」

青銅焔神せいどうのほむらかみ彼柱かのはしらに対して不敬であるぞ」


 三人のやりとりに、男は尚も混乱し、また尋ねてみる。


「私たちは…(以下略)」


 何度聞いても理解ができなかった。


「ヒトよ。尋ねたいことがある。この世界で石は武器か?」

「い、石は石でしょ? どう言う意味?」

「石を使って戦争しているの? ってことよ」


 男は質問の意図がわからない。石を使っての戦争とは? 男は暫し迷った後、思いつくことを述べた。


「い、石は戦争の道具ではありません。今の戦争は、銃とか戦車とか、もっと重々しい物で戦っています」


 磐造狒々命いわつくりひひのみことは悲しそうな顔を浮かべる。言ってはいけないことを言ってしまったのかと思い、男は悪い気がした。


「おじちゃま……」

「もう良い、時ちゃん。もう分かっておったのだ。石の時代はとうに終わっておる。それなのに、ワシは現実を受け入れられず強情を張っておったに過ぎん」

「磐さん……」

青銅焔神せいどうのほむらかみ、主は賢い。自分を理解し、身の程を弁えておる。ワシは自分すら理解せなんだ愚かな神じゃ……」


 磐造狒々命いわつくりひひのみことの背中がションボリと小さくなった。二柱は掛ける言葉が浮かばず、黙っていた。その後ろで男は一人、現状に取り残されて呆然としている。

 

 その時、部屋に聞き覚えのある声が木霊した。


『諦めるのはまだ早いです!』


 突如、部屋の隅の本棚から眩い光が立ち上がる。


「あ、君は!」

「ヌウ、お主!」

「よかった、生きていたのね!」


 そこには、アカデミックドレスを纏った学習漫画博士命がくしゅうまんがはかせのみことが現れた。男はまた変な奴が出たと更に混乱を加速させる。


「諦めるのが早いとはどう言う意味なんだい?」

「説明しましょう。この時代では石は主流の武器ではありませんが、未来では違います」

「なに⁉︎ どう言う意味だ!」


 磐造狒々命いわつくりひひのみことにわかに活気付く。


「第三次世界大戦ではどんな兵器が使われるだろうか、という質問に対して、あのアインシュタイン博士がこう言っています」


 アインシュタイン博士は特殊相対性理論を提唱してE=Δmc2を発見した物理学者である。


「曰く『第三次世界大戦についてはわからないが、第四次大戦ならわかる。石でしょう』と」

「!」

「そうなのです。石の時代は未来にあります。諦めてはなりません!」


 磐造狒々命いわつくりひひのみことは目を爛々と輝かせて時遡昇比売ときさかのぼりひめを向く。時遡昇比売ときさかのぼりひめも強くうなづく。


「行きましょう、おじちゃま!」

「オウ、時ちゃん。まだ希望はある!」

「……」


 青銅焔神せいどうのほむらかみは『それは第三次世界大戦で世界が滅ぶという皮肉であって、その後、石を使った世界大戦なぞしないだろう』と思ったが、無粋に感じて黙っていた。


学習漫画博士命がくしゅうまんがはかせのみことよ、良いことを教えてくれた。礼を言うぞ!」

「そうよ。ありがとう」

「いやいや。時遡昇比売ときさかのぼりひめ様のお力になるのであれば、私はこの身を惜しみません」

「え、どう言う意味?」

「私はあなた様に助けられました。そこで、私はあなたへの御恩をどのように返すべきか考えたのです」


 彼柱かれが拳を握り、力説する。


「あなたのお力になるためには信者を増やせば良い。そう考えた私は、あなた様のお姿を描いた書物を世界中にばら撒き、信者を増やしてまいりました」


 その時、学習漫画博士命がくしゅうまんがはかせのみことの懐から時遡昇比売ときさかのぼりひめの薄い本がずり落ちた。


「な、な、何よこれぇ!」

「そういえばこの前買った薄い本の娘に似てるな、あんた」


 部屋の男が指し示した本棚にある本を読んで彼女柱かのじょが絶句した。


「私の長年に渡る成果により、世界中の男性があなた様に魅了されています! どうでしょう、私のこの偉業!」

「地獄に落ちろ!」


 学習漫画博士命がくしゅうまんがはかせのみことがブラックホールに吹き飛ばされる。恍惚とした彼柱かれの顔は事象の地平線イベントホライゾンに固定されてしまった。


「と、時ちゃん?」

「うぅ、なんでこんなことに……」

「ま、まあ、気を取り直して。まだ旅は終わっていないよ」

 

 こうして神々の旅はまだ続く。だが、人の身で神の旅を追えるのは現代までである。

──どんとはらい

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男の武器は“石” 〜 史上最強の石〜 mossan @mossann

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