エピローグ 嵐の後
エピローグ 嵐の後
さて、その翌朝……。
トンカン、トンカン…と、小気味良い槌を叩く音が、南洋特有のどこまでも広がる青空の下に響いている……。
「──よーし! 下ろせーっ! 下敷きにならねえよう気を付けろよーっ!」
強烈な暴風雨から一転。〝バアル〟による天候への干渉が解け、穏やかな朝の海に漂う半壊した両船団は、真っ黒い木炭と化したマストを取り外して復旧作業を行っていた。
「オーエス! オーエス…!」
また、マストでの風力航行ができなくなったため、船首と太いロープで結ぶばれた艦載小型ボートの上では、人力で曳航しようと水夫達が息を合わせてオールを漕いでいる。
ちなみに〝ヴェパル〟の作り出した〝幻影〟もなくなり、今は護送船団も駐留艦隊も互いを同じエルドラニアの同胞と認識して、仲良く新天地へ向かう準備を進めている。
「では、そのマリオという水夫見習いがマルク・デ・スファラニアだったと言われるんですね?」
「ええ、その通りですわ」
そんな活気溢れる喧騒の中、煤や流血の跡で汚れたサント・エルスムス号の上甲板では、イサベリーナがハーソンによって事情聴取を受けていた。
「まさか
彼女から聞きいた思いもよらぬ大胆なその策略に、ハーソンは呆れにも似た驚きを覚える。
「その上、我らには護送船団の者が海賊のように、また、彼らにも我らが海賊であるように幻を見せられました。なんらかの悪魔の力でしょうが、完全に欺かれましたね」
まだ狐に抓まれたような顔のハーソンの傍らで、メデイアも彼の心情に賛同の意を示す。
「まったく、厄介なのが海賊になってくれたものだな……とりあえず、我らもオクサマ要塞に戻って態勢を立て直す。どうせトリニティーガーに逃げ込んだことだろうし、ヤツらへの対応はそれからだ」
溜息混じりに今後の方針を口にしたハーソンは、再びイサベリーナの方を向いて問う。
「にしても、二度の海賊の襲撃といい、まこと大変な目に遭われましたね……だが、これから赴く新天地はそれ以上に恐ろしい、魑魅魍魎が跋扈するまさに未開の土地……もし、今回の一件でお懲りになられたのならば、エルドラニア本国へお帰りになることをおススメする。なんなら、こちらで早急に船を手配いたしましょう」
「ああ。わしもこれほど危険な目に遭うとわかっておれば、おまえを新天地なんかに連れて来たりなぞしなかった。帰りたいのなら帰ってもいいのだよ?」
親切にも彼女の身を案じ、帰りの船の助力を申し出る紳士的なハーソンに、やけにボロボロな姿になった父オバンデス新総督もうんうんと頷いてみせる。
「そうですわ! 帰りましょう! メンズ漁りも命あってのモノダネですわ!」
「そうしましょう! こんな野蛮な所ではメンズゲットする前に殺されてしまいますわ!」
侍女のマリアーとジェイヌーも、まるでエントツ掃除でもしたかのように薄汚れたメイド服姿で、その考えには諸手を上げて大賛成である。
「いいえ。わたくし行きますわ、新天地へ」
だが、独りイサベリーナは淀みない口調で、そう、ハーソンにはっきりと答えた。
「大切なお友達に言われましたの。〝新天地に行って、自由に生きてみろ〟と……ですからわたくし、その自由があるという新しい世界をこの眼で直に見てみたいんです。今度、そのお友達と会った時に、世間知らずのお嬢さまだなんてもう言わせないために……」
そして、彼方に新天地を望む大海原へ希望に満ちた瞳を向けると、その顔に勝気な笑みを浮かべながら、誰かと約束でもするかのように言うのだった。
(El Pirata Del Grimorio ~魔導書の海賊~ 了)
※この騒動の後日談を描いたおまけ的短編ほのぼのファンタジーです。
『El Pirata De Termas ~温泉の海賊~』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054897763358
ちなみに、世界観を同じくするスピンオフ的関連作品も続々増殖中……。
〇『エルピラ・サイクル(作品群)目録』
El Pirata Del Grimorio ~魔導書の海賊~ 平中なごん @HiranakaNagon
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