Re-roll
とん、と背中を軽く叩かれる。
その拍子に、僕の体がびくっと跳ねる。
その微妙な振動は、コントローラを持つ僕の手に伝わり、ボタンを押すタイミングを僅かに狂わせ。
そして、今まさに最後の一撃をくらわせようとしていたはずの僕が、今。
ああ、なんで。
ここまで来るのに、どれだけかかったと思ってるんだ。
あれほど優しく触れろといっていたのに。なんで言ったことを守れないんだ。
いつもいつも、イツモイツモイツモ……
一瞬で頭の中を駆け巡った思考。
その隙に、僕の体は地面へとたたきつけられて。
画面が暗転して、表示される“YOU ARE DEAD”の文字。
そう、このとき僕は、確かに死んだのだ。
「それで、そのままお母さんを殴ったの?」
「……わかりません」
「手が滑って、腹が立ったんだよね。それで、咄嗟に手が出ちゃったんじゃないのかな」
「…………、覚えてません」
「……それじゃあ、話を変えようか。最後に襲った子だけど、彼女のことは、前から知ってたのかな」
「…………」
「目撃した人によるとね、彼女だけを狙ってたようだったって話も出てるんだけど」
「…………」
「毎朝あの時間にあそこを通ってたって話もあるんだけど、それは本当?」
「…………彼女、」
「ん?」
「……両親は、健在ですか」
「え?ああ、健在だよ。お二人とも、娘さんのことをすっごく心配しててね……どうしてそんなことが気になるんだい?」
思わずふっと鼻から息が漏れた。
一目見たときから、なぜか気になる存在だった。
見ているだけでよかった。声を聞くだけでよかった。
恋人どころか、話しかけることだって。目が合うことすら、なくたって。
彼女のことが、好きなのだと思いたかった。
僕もこの世界で、確かに生きているのだ、と。
……でも、違った。
似ていただけだった。ヘッドセット越しの世界で出会った、悲劇の少女に。
僕は結局、現実の世界にすら
僕があのとき、守らなければと。命をかけてもいいとすら思った少女は、この世界には存在しなかったのだ。
***
この世界の難易度は、間違いなくハードだ。
そこかしこに潜む敵。理不尽な能力差。手順もクリア要件も分からないクエスト。セーブもコンテニューもできない。
全ての能力値が低い、特殊能力もない僕には、完全に攻略不可能だった。
だから僕は、逃げたのだ。他の世界へと。
ゲームの中で、僕は無敵だった。どんな難しいクエストも、強い敵も、攻略法さえ分かれば。やり直せば。大抵のものは、すぐにクリアできた。
気付かぬうちにどんどん広がる、現実との差。
僕の中で大きくなっていく、何か。
あとは、スイッチを押すだけだった。
そして、ついに。
境目を見失った僕。逆転する世界。
殴りつけた手の感触。充満した血の匂い。家族だった、赤い塊。
僕の頭にこびりついて離れないそれは、ヘッドセット越しの世界よりも……リアルな、恐怖と絶望に満ちていて。
もう、逃げ場はなかった。
確かに、僕は生きているのだ。この世界で。
それに気づいた今、戦うしかなかった。
そのためにすべきことは、分かっていた。
***
「……ありがとうございました」
「がんばってね」
「はい」
僕は笑顔で返事をして、歩きだす。
やっとこの日がきた。
長い
ここからが、始まりだった。
ロード中、ずっと攻略法だけを考えて続けてきた。
チートだろうと何だろうと関係ない。やるしかなかった。
最初の準備は、すぐに整った。あとは、キーを入力するだけだ。
「……まずは、学校からだな」
頭の中で、もう一度ゆっくりと、一通りのシミュレーションをして。
覚悟を、決めた。
大丈夫、2周目は、きっと上手くいく。
静かに、足元の椅子を蹴る。
背もたれが畳にぶつかる音が、やけに遠くの方で。
とん、
とん、 春川碧 @state7
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