第40話 先輩40 クリスマス4

 富士U《富士ユー》。

 日本一の山で知られる富士山のほぼ北に位置する山梨県に立地する有名遊園地。

 近年では、様々なコラボレーションやアトラクションのクオリティによって、ユニバーサル・スタジオ・ジパンや東京ネズミ―ランドに匹敵する知名度にまで登りつつある。中でも目玉商品となるのが、子供のアトラクションなのに一ミリもクリアさせる気のない迷宮アトラクション「失望要塞」、からくりではなくモノホンの人間が客たちを殺す勢いで追いかけてくる日本一怖いお化け屋敷「戦慄病棟」、そしてもはや90度を超えた角度で急降下していく新型ジェットコースター「超高飛車」の三つである。どれも好きな人にはたまらなく楽しいアトラクションなのだろうが……。



 「カイ君カイ君っ!私達一番先頭だよ!!」

 「あ、あぁ、そうですね……」

 

 わくわくと興奮を抑えきれず、いつもよりテンション高めの有希亜。それに対して、がんばってにじみ出る冷汗を抑えようと拳をぐっと握りしめて笑顔を引きつらせる僕。


 なんでこのジェットコースター足場がないんだよ……。

 通常のジェットコースターはオープンカーみたいに腰から下は外装があっていかにも万全にガードしてくれる感じが安心感をもたらしてくれるのだが、この「超高飛車」のように最近のジェットコースターはコストを削減したいのか客の恐怖心をあおりたいのか、腰下の外装はおろか、足場まで取り除く仕様になっているものが増えているように思われる。

 こんなの座席の安全バーと腰回りのベルトしか僕を守ってくれないじゃん。僕このたった2人(2つ)にだけじゃ命預けられないんだけど……。

 しかも幸か不幸か、僕らは一番先頭の座席に乗ることになった。本来、ジェットコースターでは物理法則的に最後列の席が一番遠心力の影響を受けるらしくスリリングさを求める人たちは自ら最後列に乗り込むのだが、この「超高飛車」においては視界のよすぎる最前列もなかなかのスリリングを味わえるといえる。

 僕はせりあがってきそうな吐き気に似た感触を抑え込むため唾を飲み込んだ。最悪だ……。


 「カイ君、何ぼーっとしてるの?ほら、行くよっ」


 そう言って僕の手を引きながら先頭の座席に引っ張っていく有希亜。うん、これは悪くない、カップルっぽくて。

 

 「それでは発射しまーす!いってらっしゃーーい!」


 ピンマイクを付けたお姉さんが元気よく合図すると同時にコースターはゆっくり動き出した。


 「やっぱ遊園地来たらまずこれ乗らなきゃ!楽しみだね、カイ君っ」

 「う、うんっ。楽しみ~」


 彼女のテンションを下げまいと頑張って声を張る。

 

 そう言ってるそばで、コースターはまだまだ上に上り続けている。

 ちょっとなんでこのジェットコースターこんなにゆっくりなの、僕の事恐怖で殺したいの、いじめたいの……?


 やがててっぺんに来ると一度コースターは止まったような感覚を僕に植え付けた。その一瞬に、僕は覚悟をして深呼吸をする。


 


 「はぁ~~、楽しかったぁ!!」

 「そ、そうですね……あははは……」

 

 そう言って有希亜は大きく伸びをする。

 そしてやっぱり収まらない興奮に浸っている彼女とは対照的に、想像を絶するスピードで走り出したコースターに揺られまくった僕の三半規管はすでに半分悲鳴を上げていた。

 

 「もう一回乗りたいねっ!」

 「え゛っ?!」


 ごめんなさい、ちょっと今は勘弁してください……。


 


 「ね、ねぇ、カイ君。やっぱり引き返さない……?」

 「ははは、怖いの?」

 「わ、私こういうのだけはホントにだめなのぉ」


 ジェットコースターはひとまず休憩という事で、次に僕らが向かったのは日本一怖いらしい「戦慄病棟」。設定はかつて無残な死を遂げた患者たちの亡霊が廃病棟に住み着いて人々に襲い掛かるとかなんとか。シーズンやその日のスタッフの人数によってルートは多少の変更があるらしいが最も怖いのは最後に待ち受ける20メートルほどの廊下らしい。いったい何が出るのやら……。



 「「きゃぁぁぁっ!」」


 悲鳴とともに2人組の女子がフェンス越しの扉から飛び出してきた。

 なるほど、ぐるっと回ってこの入り口のよこにある出口に出るようになってるのか。

 僕がムードぶち壊しな思考に耽っていると、左手に温かい感触を覚えた。


 「ゆ、有希亜さん……?」

 「さ、寒いからこうしてるの」

 「いや、だったらカイロ貸しましょうか?」

 「い、いやっ」


 そう言ってかばんからカイロを取り出すために彼女から手を放そうとすると、さらにぎゅっと握りしめてきた。まぁ、分かってたけど。


 「もう、何ニヤニヤしてるの?」 

 

 涙目になりそうな彼女が不満そうにこちらを見る。


 「ニヤニヤなんてし、……してないよ?」


 こらえきれず笑いがこぼれてしまう。

 

 「あー、やっぱりバカにしてるっ」


 ポコポコと僕の肩をたたく彼女を見て、またしてもニヤけてしまった。今度は違う意味で。



 「それじゃぁ気を付けていってらっしゃい」


 血痕だらけの白衣を着た女の人が、悲壮感を漂わせながら奥の扉を開く。


 「そ、それじゃぁいこっか」

 「う、うん……」


 がっしりと僕の腕に巻きつくようにくっつく有希亜を連れて僕は表示板の矢印に従ってゆっくり進む。


 本当に遊園地なのかというくらい仲は薄暗く、そして静かだった。この静けさがお化けが出た時に恐怖心を余計に煽る。真冬だというのにすでに首筋には冷汗がにじみ出始めている。


 「か、カイ君……、おいてかないでね……?」

 「はいはい、分かってるって」


 でも隣にいる彼女のかわいい姿を見ていたらかなり恐怖心が和らぐ。


 「ぐぁぁぁあ゛!!!」

 

 突然真横の壁から白衣姿のゾンビ男が手を伸ばしながら飛び出してきた。


 「きゃぁぁぁっ!!!」


 甲高い悲鳴とともに有希亜の体が僕の体に密着する。

 

 「た、助けて、カイ君っ!!」


 まってまって、こっちはあなたのせいでそれどころじゃっ……。

 なんとかしがみつく彼女を連れて先へ進んだ。そこから先は悲鳴と抱擁のオンパレードだった。

 お化けもお化けでどんどん脅かし方がエスカレートしていくし。クリスマスでカップルのせいか、途中で「リア充……爆発しろぉお゛」って怨念が聞こえた気がしたが気のせいだろう。


 「はぁはぁ……、もうこれ以上メンタルもたないよ……」

 

 ホントにね。こっちは主に体がだけど。


 そしてようやく噂の最後の廊下に出た。

 

 「思ったより長いな……」

 「そ、そうだね……。あ、でもほら、一番奥にうっすら光が見えるよ。多分外だ!」


 彼女の指差す方を見ると、たしかに縦に細長い光が見える。多分扉の隙間から分かりやすくあえて隙間を開けてあるのだろう。


 

 ここで少し安堵したのが失敗だった。完全に油断してた2人の背後から物音がした。だんだん大きくなるその音におそるおそる振り返った僕らは…………



 「あら、あなたたち、もう休憩タイム?」


 ベンチで休憩していると、別行動していた母さんたちと出くわした。


 「あ、う、うん。ちょっと疲れちゃって……」

 「えー、その年齢で?体力なさすぎじゃない?」

 「いや、体力と言うか足りないのはメンタルの方で……」

 「???」


 首をかしげる3人をよそに僕らはため息を吐く。

 ホント誰だよ、あれ考えた人……。



 「まぁ、ちょうどタイミングよくみんな揃ったことだし、ちょっと早いけどお昼にしよっか」

 「わーい!」


 小春の無邪気にはしゃぐ姿を見て、僕らもようやく重い腰を持ち上げた。


 昼食は入り口近くのレストランでおのおの好きな物を頼んだ。もちろん、親もちで。

 

 「あ、そうだ。午後は小春もつれて一緒に回ってくれない?私たちはスタバとかで休んでるから」

 「あぁ、全然いいよ」


 さっき母さんたちと会った時、エリカさんも母さんもやつれたような顔をしてたし、多分午前中は小春に振り回されたんだろうな……。


 2人とも交代交代で朝から車運転してたし疲れてるだろうからここは親孝行と思って快諾した。それに、これ以上有希亜と一緒にいると体がもたない……、主に幸せによって。


 「というわけでごめんね、有希亜ちゃん。せっかくのカイ君とのデートを邪魔しちゃって」

 「ふぇっ?!だ、大丈夫ですよっ」


 母さんはすぐ余計なことを言う。有希亜もわかりやすく顔真っ赤にしてるし……。



 「そ、それじゃぁ、小春ちゃん。どこ行こっか!」

 「えっとね、小春、「戦慄病棟」行ってみたい!」


 「「それは勘弁してください!!」」


 


 「お兄ちゃん、ここは?」

 「ここはね、「失望要塞」だよ」

 「ここって、クリア者がまだ数えるほどしかいないっていう激ムズな脱出ゲームでしょ?」

 「はい、僕も初めてなんですけど、なんか聞いたところによると、スマホみたいなアイテムを使って時間内にいくつかのミッションをクリアしていく感じのゲームらしいです」

 「わぁ、めっちゃ楽しそうだね!」

 「楽しそう!」


 よかった2人とも喜んでくれて。もしこれで納得しなかったら、小春の第二候補「超高飛車」に再び並ばなきゃいけなくなるところだった。ホント、三半規管強い人がうらやましい……。僕についさっきお腹に入ったものをすべてぶちまけさせる気ですか?



 それからものの数分で「失望要塞」の順番は案外すんなりと回ってきて、噂通りのゲーム内容と噂通りの難易度で僕らは瞬殺された。そして繰り返し挑むこと10回……。


 「あ、あの小春さん、有希亜さん?そろそろ次のアトラクションに……」

 「待ってお兄ちゃん!さっきのおしかったの!」

 「そうだよ!あと少しでクリアできるんだよ?!」


 ようやく3のクリアなんだけどね。まぁ確かに、出口を出てすぐ列に並び、何回も繰り返せばそりゃクリアには近づくだろうけどさ、これ多分10個くらいミッションクリアしなきゃホントのクリアはできないと思うよ。単純に時間と体力が足りない……。


 「っていうか、2人ともジェットコースターはいいの?」

 「「あ……」」


 あ、そっちで揺れるのね。


 「しょうがないね、小春ちゃん」

 「はい、仕方ないですね、有希亜お姉ちゃん」


 「「あと一回だけ行きましょう!」」


 ……僕、単独行動してもいいですか?

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