第32話 希望

 そうしてワームホールに突入してから四時間が経とうとしていた。食事を摂ったのはいいものの、部下を失い気落ちしたメイナードを気遣ったのか、ミカが声をかけた。


「メイナードのおじちゃん、前に約束したでしょ? 一緒にゲームして遊ぼう?」


「ミカちゃん...ごめんね、おじちゃん今は...」


 それを見かねたアシュレーが後押しした。


「メイナード、昔みたいにミカと遊んでやってくれ。いい気晴らしにもなるだろう」


「アシュレーちゃん...分かったわ!おじちゃんは強いわよミカちゃん?」


「わーい!よーしミカも負けないぞー」


「リノも行く〜!」


「あら、そっちのエテルナ人の子はリノちゃんっていうのね?」


「うん!リノ・セレスティア・ファイザリオンだよ〜」


「セレスティア・ファイザリオン...?ま、まさかアシュレーちゃん、この子は惑星エイギスの?」


「ほう、知っていたか。さすが伊達に海賊やってたわけじゃねえな。その通りだ、その子が惑星エイギスの第一王位継承権を持つ子、リノ王女だよ」


「...どんなお宝を見ても驚かないあたしだけど、これには驚いたわね。どうしてアシュレーちゃんの船にいるの?」


「何、まあ色々あってな、俺が護衛を任される事になっちまったんだ。仲良くしてやってくれ」


 メイナードは驚愕の眼差しで見下ろしていたが、リノがそっとメイナードの手を握ると、電気ショックを受けたかのように目の前が真っ白になった。そして頭の中に流れてくるリノの心象風景を見て、メイナードは身動き一つ取れなくなった。やがてその風景も過ぎ去り、ゆっくりと視界が戻っていく。


 すると目の前には、メイナードの手を握りながら涙を流すリノの大きな黒い瞳があった。それを見て思わず懐から白いハンカチを取り出し、リノの涙を拭っていく。


「グスッ、おじちゃんも、大変だったんだね」


「...リノちゃんあなた、もしかして心が読めるの?」


「うん。おじちゃんの仲間に対する思い、アシュレーおじちゃんと昔戦い抜いた記憶、いろんな思いが入り混じってた」


「そう...それは大変なものを見たわね」


 メイナードはリノのおかっぱ頭の金髪を優しく撫でた。するとリノは涙を拭い、笑顔になる。


「でも、今ので分かった。メイナードのおじちゃんはいい人!」


「フフ、海賊なのに?」


「海賊だとかそういうのは関係ない!おじちゃんはいい人!」


「そう...ありがとうリノちゃん。さあ二人共、ゲームしに行くわよ。ミカちゃん連れて行ってね」


「パパの部屋にあるよ〜!早く行こう?」


「じゃあ、ちょっと行ってくるわねアシュレーちゃん」


「おう、行ってこい」


 ミカとリノの手を引いてメイナードが戦闘指揮所から出ていくと、ドノヴァンとヴェンドールがアシュレーに笑顔を向けた。


「リノ様が認めた御仁、信頼に足る人物とお見受けします」


「メイナード・G・オルフェウス。エイリアン大戦当時、ウェーブライダーと共にヘルウォーカーの異名を持つ第二のエースと巡り会えるとは、光栄の極みですね」


「何、昔の話さ。それにあいつの根はいいやつだってのは、誰よりも俺が一番良く知っているからな」


「頼もしい味方が増えましたね」


「まあな。ソフィー、ワープアウトまでの時間は?」


「約30分程で指定の座標に到着します」


「よし、周囲の警戒を厳に。レーダーから目を離すなよ」


「了解」


 予測されたブリッツクリーグ艦隊との接触もなく、アシュレー達一行は無事に惑星ドリアスへと着陸した。応急処置で済ませていたメイナードに精密検査を受けさせるため病院へ収容し、一行はヴェンドールの運転する車に乗り、ゼメキアの住む市街地へと向かった。


 一時間ほど車を飛ばし、アシュレー達は雑居ビルの地下へと案内された。扉の前には看板があり、でかでかと(ゼメキア・メカニック)の文字が踊っている。


 ノックをして扉の中へ進むと、ハンダの焼けたような匂いがツンと鼻孔をついた。室内は地下の割に広く、左手が作業場になっているらしかった。アシュレー達に気づいたギルボア人の一人が作業をやめ、歩み寄ってきた。


「ヴェンドールさん、いらっしゃいませ」


「やあ。ゼメキアさんに用があって来ました」


「かしこまりました。そちらのソファーに座ってお待ちください」


 右手の応接間に案内され、ソファーに腰を下ろしてしばらく待っていると、部屋の奥からゼメキアがのそのそと歩み寄ってきた。ヴェンドールがその姿を見て立ち上がる。


「ゼメキアさん、度々お邪魔してしまい申し訳ありません」


「何、構わんよヴェンドール。わしに用があると言う事は、またぞろ機械絡みのことか?」


 ゼメキアはそう言いながら、向かいのソファーに腰を下ろした。


「そうなんです。是非見てもらいたいものがありまして。こちらなんですが」


 ヴェンドールは携帯端末を取り出し、惑星ミニミーチュアで撮影した画像のホログラフィーを表示させた。ゼメキアは携帯端末を受け取り、その画像をまじまじと眺める。


「ほほうー、興味深いのう。これをどこで撮ったのじゃ?」


「惑星ミニミーチュアにある、古代ギルボア人の遺跡からです。年代測定では、約2万年前の物と判明しています。我々の見立てでは、エンジンの設計図なのではないかと考えているのですが...」


「なるほどのう。詳しくは見てみないとわからんが、どうやらこいつはそれだけではなさそうじゃのう。で?わしにこいつをどうしろと?」


「この画像の解析をお願いしたいのです。そしてもし可能であれば、実物を再現してもらいたいと考えています」


「確かに面白そうな仕事じゃが、こいつは高くつくぞい?ギャラの方は大丈夫かの?」


「必要経費は全て、銀河連邦艦隊からお支払い致します。その点は問題ありません」


「決まりじゃな。この仕事引き受けてやろう!わしにどーんと任せておけ!」


「ありがとうございます、ゼメキアさん!」


「データのバックアップを取るから、携帯端末を借りるぞ?」


「ええ、構いません。よろしくお願いします」


 ゼメキアは席を立ち、部屋の奥にあるPC端末に接続してバックアップを取り始めた。その間ヴェンドールはアシュレーに笑顔を向ける。


「ウェーブライダー、ありがとうございます。古代遺跡の謎が解け次第、ご連絡を入れさせてもらいます」


「やれやれ、ようやくリーヴァスからの依頼は終了か」


「助かりましたよ、ウェーブライダー。また何かありましたら、よろしくお願いします」


「なーに、他ならぬお前の依頼だ。リーヴァスの野郎は気に食わねえが、面白いもんが見れたしな」


「そう言っていただけると助かります。空港まで車でお送りしましょう」


 そしてアシュレー達は、空港の前に病院で精密検査を受けたメイナードを迎えに行った。医師から問題ないと診断され、無事に退院出来たは良いが、メイナードはきっぱりとアシュレー達に言い放った。


「アシュレーちゃん、助けてもらって感謝するわ。残念だけど、ここでお別れにしましょう」


「...は?それはどうしてだ?」


「アシュレーちゃんは宇宙商人、あたしは海賊。またこのドリアスで仲間を募って、一から出直すつもりよ」


「俺はそんなつもりでお前を助けたんじゃねえんだよ。いい加減海賊稼業なんぞやめて、俺のとこに来い。その...何だ、お前の腕があれば、俺も何かと助かるしな」


「アシュレーちゃん...」


「さあ、分かったら車に乗れ。今日からお前もアシュレー商会の一員だ」


「ありがとうアシュレーちゃん。そうね、こういう人生も悪くはないわね。分かったわ、あたし頑張ってみる!助けてもらった借りも返さないといけないしね」


「おう!期待してるぞメイナード」


そしてアシュレー達一行は空港へ到着し、ヴェンドールに別れを告げて惑星ドリアスを後にした。 



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銀河商人アシュレー karmacoma @karmacoma

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