第6話 まず、あなたは奴隷です。

「何も、わからねぇ……」


 《偽りの法衣》や自分のステータスは確認できたが、金銭の確認に、レベルアップの方法がわからない。

 ライトノベルやアニメであったレベルアップの方法は、今できる範囲ではやったつもりだ。柩が見ているライトノベルや、アニメだと、ファンファーレが鳴ったりウィンドウなどがポップアップして出てくるはずだが、うんともすんとも言わない。

 走り、鍛え、物を使う。あと、今できないことと言えば、王道の敵を倒す。


「敵って何だ? 魔物みたいなのもいないんだけど……」


 動いて疲れた柩はゆったりと景色を眺めながら街道らしきものを歩く。柩が出てきた門の正面、街道から数kmほど離れた位置に大きな木が生える森が見える。うっすら霧がかかっているのを確認し、局所的な天気の変化。いわゆるスコールでも発生しているのだろうかと、自分の中にある知識を総動員して観察していく。


 建物は見えず、丘や、小さな林、先ほどの森、それ以外には最低限の整備をされ、踏み固められた道。イメージ的には登山道に行く少し前の自然あふれる普通の道と行った様子で、新鮮味を感じはしないが、不思議とテンションが上がる。


 今魔物や獣に襲われたらひとたまりもないなと周囲を見ながら、それでもワクワクが止まらない。

 知らない場所に来た高揚感があり、浮足立っていたのだろう。

 後ろから人が近づいてくる気配を察知するのが遅くなる。


「カンナヅキ ヒツギだな?」

「はい?」


 振り返ると、妙にガタイがよく、なめるように観察する坊主の男と、後ろに控えるように静かに立つ短髪の男がいた。2人とも服装は普通だが、威圧感と目つきが普通の人間ではないように感じる。

 柩は若干気圧され、後ずさりしてしまう。


「命令だ、連れていく」


 その瞬間、短髪の男が動き柩にまっすぐ向かう。

 柩は反射的に後ろを向き走り出す。

 冷や汗を吹きながら肩越しに後ろを確認する。柩よりも圧倒的に早く追ってくる謎の2人。

 町の中であれば引けを取らないが、何もないところでは走力勝負になる。

 しかし、数mほど離れたところに小さな茂みを見つけ、全力で飛び込む。


「ペッ! クソッ!! 何だあいつら!?」


 口に入った草を吐き出しながら、しゃがんだ姿勢のまま走る。

 膝に負担がかかるが、そうしなければ頭が出てしまう。


「あそこだ!! 逃がすな!!」

「逃げるな!!」


 叫ぶ男たちが柩を見つけた瞬間、クラウチングスタートに近い要領で、低い姿勢からトップスピードまで一気に上げる。

 何とか木々の間に滑り込み、パルクールを利用して素早く林の中を進む。

 ガサガサッ!! 葉がこすれる音を大きく感じながら、肩越しに振り返り、ついてきていないことを確認する。


「……バレるなよ。頼むぞ、《偽りの法衣》とやら」


 ごくごく小さな声で呟き、ひときわ大きい茂みに身を潜める。

 息を潜め、心臓が早鐘のごとく鳴り響く。

 心臓の音がうるさく、よく耳が音を拾ってくれない。

 鼻は論外、走りすぎて鼻呼吸をしたら酸欠で倒れる。

 目も頼りになるかと言われたらそうでもない。

 林は木の葉が密集しており、暗くなっている。薄暗く、本は読めないくらいの光量しかない。

 風や周りの空気を感じるような能力もない。

 できることと言ったら、できる限り息を潜め、身動きを取らないこと。

 そう考え、せわしなく目を這わせる。


「クソッ、どこ行きやがった!?」

「金がかかってるんだぞ? 大金だ。確実に探せ」


 短髪が悪態を吐く声が離れたところから聞こえる。

 坊主の声は小さくはっきりと聞き取れないが、会話していることから2人がそこまで離れていないことがわかる。

 声のほうを目を凝らし、茂みから見つめる。

 息を潜めるために口に手を当て、自分の心臓の音に耳を傾ける。


「みぃつけた」

「ッッッッ!!!??!?」

「逃がすなよ」

「わーってるよ、ボス」


 気軽にな口調の短髪と冷静な坊主頭。軽口を交わす2人だが、柩はそれどころではない。

 なぜバレたのか。まず、声が聞こえた位置からして、一瞬で真後ろに立てる距離ではなかったはず。

 それなのにバレた上に、真後ろに立たれている。

 二人ともだ。坊主だったらまだしも、短髪が背後を取っているのだ。柩にとっては心臓が止まってもおかしくないほどの衝撃だった。

 混乱している柩に構わず、男たちは淡々と作業のように柩へ語り掛ける。


「悪ぃな。こっちも生きるために必死なんだ。『眠りを誘え』レシト」


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「今日入った奴隷は、ずいぶんと小綺麗ですね?」

「なんでも城から逃げ出した犯罪者らしいですぜ」

「なるほどなるほど。賞金でもかかってたのですかね? 眠らされて、丁寧に運ばれていますし」

「あぁー、生け捕りの賞金ですかね? それなら奴隷として引き渡すのはおかしくねぇですかね?」


 ぼんやりした意識の中にいる柩の耳に入ってくる男二人の言葉。

 重い瞼を開け、薄暗い部屋の中を見回す。


「おやおや? 起きましたかね?」


 燕尾服を身に着けた慇懃無礼で、小太りな男が柩の顔を覗き込む。

 すぐそこにある顔に驚き、声を出そうとするが不自然に声が出ない。

 空気だけも出れるような音だけで、音が乗らないような。そんな違和感がある。

 パニックになり、言われていることも、周りも見えなくなる。

 必死に声を出そうとしすぎて、過呼吸気味になっていく。


「これはこれは、申し訳ありませんが少しの間声は出ませんよ。魔法で出ないようにしてありますし、手足の拘束もさせていただいております」

「ボス、パニックになってるんで無理じゃないですかね? 息できてねぇっすよ」


 軽薄そうな男が柩の前にしゃがみ込み、肩を優しく叩いてくる。

 細身だが筋肉が付いており、鋭い青の瞳で柩に笑いかける。


「落ち着けよ。殺すぞ?」


 たった一言で肝が冷える。

 殺気というのはこういうことなんだろうとぼんやりと考える思考と、恐怖で混乱する思考とが混ざり合い、思考がまとまらない。


「まあまあ、あなたが落ち着いてください。この奴隷は殺してはいけないらしいですから、説明だけはしておきましょう」

「ボスが直々に説明するんだから、しっかり聞けよ」

「そうだそうだ、忘れていました。声は出せるようにしておきましょうか」


 そういって燕尾服の男が指を鳴らす。

 その瞬間、今まで喉に感じていた違和感が消え、声を出せるという確信だけが訪れる。

 しかし、声を出そうとせずまっすぐ燕尾服の男を見つめる。


「よろしいよろしい。まず、あなたは奴隷です。買い手も決まっていますし、その相手は貴族様でございます。あまり好きではないのですがねぇ。それと、後ろにいる奴隷も一緒ですよ。そちらは普通の奴隷ですが、お気に召したようですな」


 柩は男の声に振り返り、薄暗い部屋の奥に目を凝らす。

 混乱冷めやらぬ状況の中、目に入ってきたのはボロボロの子供。

 ぼろきれのような服を身に着け、フードを目深にかぶっている。薄汚れていてうずくまって震えながらこっちを見つめていた。


「そうそう、その奴隷と一緒に売り払われます。引き取られるまでは、こちらの部屋で過ごしていただきます。牢屋ではないので安心してください。外に出れませんがね」

「余計なことはするなよ? クソガキども」


 話は終わったとばかりに一か所だけ存在する扉から出ていく二人。鉄の扉で、開閉時に甲高い嫌な音が大きめに鳴る。

 外側から複数のカギをかける音が聞こえ、静寂が訪れる。


「どう、なってんだよ……」


 柩の呟きはむなしく部屋の中に響いていく。

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怠惰物語〜アケディア・ヒストリア〜 働気新人 @neet9029

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