第2話 これが、本物のメイドか!?

「ヒツギ様。これからよろしくお願いいたしますね。私、メリッサって言います。うふふ」


 短めの金髪を後ろでまとめた美しいメイドが柩に頭を下げる。

 柔和な雰囲気と柔らかな笑顔で、警戒心を解く。優しいお姉さんといった様相。

 洗練された動きなのに、まったくそれを感じさせず、接しやすさまで感じさせるメリッサに柩は警戒心を高める。


「あらあら、警戒心が高いんですねぇ。何もしませんからどうぞこちらへ」

「……よろしくお願いします」


 案内されたのはアニメで見るような、中世風の賓客室。中央にある大きなテーブルに紅茶などを置くティーセットが準備されている。

 その中に入ったメリッサは手際よく紅茶を準備し、くつろげるように整えていく。

 柩は警戒しつつ、中に入り観察する。


「文献でも見たことがないような方なのですね。文献では異世界から召喚された方は、大興奮とあったのですが、実際に目にしないとわからないことは多いですね」


 微笑みながらヒツギに語り掛けるメリッサに、返答をしないことに気まずさを覚え、何かを話そうと口を開いては閉じる。


(俺が気まずいって思う……? これが、本物のメイドか!?)


「無理せず楽にしてくださればいいのですよ。おばさんの独り言ですから」

「いや、すみません。なんか、態度悪くて……」

「気になさらないでください。あ、でしたらおばさんの心配事を一つ聞いてくださいませんか?」


 そうほんわかと言って静かに口を開くメリッサに柩は警戒心は解かず黙って椅子に座る。

 心から心配そうにメリッサは語り始める。


「私は、大変失礼なのですが、今回召喚された方々が恐ろしくてなりません。これでも多くの人を見てきたので、ある程度は見分けられる自負があります。

 魔王になるのが七人の中から出てくるのではないか、その心配が止まらないのです。善良に見えたのは二人。ヒツギ様とゴウ様です。

 その二方のどちらかから『怠惰たいだ』の愚者ぐしゃが現れないことを切に祈っております」


 柩の知らない言葉や、メリッサの様子に困惑する。

 メリッサは本当に心配していることをただ、話しているだけのように感じてしまい、柩は警戒心が若干緩む。


「魔王って、何なんですか……? あと、『怠惰』の愚者って?」

「そうですねぇ……。魔王は、悪意に力をつけたようなものですね。……おもちゃを壊す子供のような、そんな存在だと聞き及んでおります。

 そして、『怠惰』の愚者というのは、七つの神器じんきのうちの一つである『怠惰』に選ばれたものが呼ばれる呼称です。かつて、始まりの魔王であり、最強の魔王と言い伝えられている者が、初代『怠惰』だったそうです。それ以来、『怠惰』に選ばれた者は必ず魔王へと落ちるそうです」


 重い語り口のメリッサが言い終わると微笑む。


「大昔の言い伝えですので本当かはわかりませんが、そういわれているのが俗説です。ヒツギ様にはあまり関係があってほしくない話ですね」


 胸を押さえほんわかと笑うメリッサ。

 表情、仕草、声色のすべてをとっても害意がなく、警戒心を緩めようとしてくる。そんな風に感じる柩にメリッサは若干表情を変え、苦笑いをする。


「私は、人とお近づきになるためには本心で話すべきだと思っているんですよ。信じていただくには、表情も、仕草もすべて気にしなければならない、そう思っているから、作り物のように見えるのでしょうね」

「……そんなことは言ってませんよ?」

「よく言われるのでわかっているつもりです。ですのであまり気にしていません。初めてここまで警戒心を解いてくださらない方とお会いしましたよ、ふふふ」


 どこがおもしろかったのか、メリッサが口元を隠して上品に笑う。

 柩が困惑しているのもお構いなしで笑う。メイド服のロングスカートを小さくたたいて、どれだけ面白かったのかを体で表現する。

 とても愛嬌のある仕草で、親しみを覚える。柩はそれさえも警戒し、冷や汗を浮かべながら問いかける。


「何が、そんなにツボにはまったんです?」


 笑いを抑えようと必死にこらえるが、しばらく静かな部屋にメリッサの笑い声が響き渡る。


「……し、失礼いたしました。

 こほん。私、これでも人と接するのは得意だと自負していたもので、こうして自分が思い描くような会話ができないことが、どうにもおかしくて、ふふっ。

 こんな私でも侍女頭として任を賜っておりまして、ああ、まだまだ未熟だと痛感いたしました。

 ふふふっ、あー、おかしい。あら、ごめんなさい。年を取ってから自分のお話が長くて」

「まだ、お若いと思いますが……」

「あらあら、お上手なんですね。

 それにしても、第一印象とずいぶん違うんですねぇ」

「まぁ……、このテンションで行ったらあの空気感のままだったんで」


 柩の言葉ににこりと微笑むメリッサ。

 恥ずかしそうに柩は目をそらし、首を掻く。


「お優しいんですね。私たちの側からするととても助かりましたよ。胃が痛くて……。空気を換えてくださって、感謝です」


 気まずくなった柩は後頭部を乱暴に掻いて、溜息を吐く。

 ごまかし気に紅茶を口に含む。


「……あまりそういうことを言われないので、何と言っていいのか」

「よく言われそうですけどね。私はお優しい、心がきれいな方だと思います。ですので、殊更ことさらに『怠惰』に選ばれてほしくないと、そう思います」


 最後を強調し、強いまなざしで柩を見るメリッサ。

 柩はどんな言い伝えかもわからず、想像するしかないが、できることならなりたくはない、外れジョブだなと感想を抱く。


「俺も、その『怠惰』に選ばれたくはないですね。くだらないことに巻き込まれそうですし」


 柩の感想にメリッサがまた優しく微笑み、「あ、そうだ」と呟き、ぱたぱたと出入り口の扉に向かう。


「お食事の準備をいたしますね! 来賓ですので、豪勢なものをご用意いたします。

 大食堂でも食べられますが、いかがなさいますか?」

「折角ですし、大食堂? で食べます」

「では、ご案内いたしますのでこちらへ」


 柩たちは豪華な絨毯の上を歩き、食堂へ向かう。

 シンプルだが高そうな壺や、絵画など上品な装飾が石造りの建物内に並んでいる。

 煌びやかではないが建物全体に上品さが漂っている。


「このお城は初代の『傲慢ごうまん』の覇者はしゃがお造りになられた物で、過度な装飾は飾らないのが代々の決まりだそうです。

 堅牢で守りやすく、特殊な魔法結界が何重にも重ねられ、防備は抜群。考え抜かれた配置なのです」

「『傲慢』の覇者?」

「ええ、六大英雄様のなかで、世界の統一をなされた最強と言われたお方です」


 若干興奮したのか、胸の前で拳を握り、鼻息を荒くするメリッサ。

 その言葉に妄想しつつ、目立ちたくないと考える柩。


(傲慢ってだけで偉そうだから、俺はないだろうな。俺だったらどれだろう? 暴食? 割と飯食うし、あるか?)


 そんなくだらない思考をしつつ、柩が出てきた二階の部屋の真下。ぐるりと回るように来たホールを抜けた先にある、大きな扉。

 そこをメリッサがドヤ顔で開け放ち、両手を広げる。


「我らが自慢の大食堂でございます!」


 むんっ!


 そんな効果音がつきそうな顔と、小柄な体を目一杯大きくするように張った胸。腰に手を当て、踏ん反り返る。

 その後ろには数人のメイドが控えており、若干呆れた空気が漂っていた。

 そっと後ろから近寄る老人。スッと伸びた背筋に、洗練され尽くした動き。何より、一睨みであらゆる人間を竦み上げさせる目に宿る医師が只者ではないと感じさせる。

 そんな老人がメリッサの背後に音も無く近寄り、肩に手をのせる。


「きゃっ! ……驚かせないでください、ミルドさん」

「いやはや、はしゃぐのは構わないのですがね、部下の前ですので、もう少しおしとやかに」


 驚くメリッサに優しく声を掛けるミルドと呼ばれた老人。

 一本の剣のような雰囲気だが、周りからの信頼が視線だけで伝わる。

 メリッサは注意を受け恥ずかしそうに頬に手を当てている。


「大変失礼いたしました。私はミルド。ただのミルドでございます。

 料理長をさせて頂いております。ヒツギ様。どうぞ、ごゆるりと」


 それだけ言って厨房であろう扉に引っ込んでいく。

 その扉の横には小窓のような、食器や料理をやり取りするであろう場所が目立たないようにあるのが見える。

 まるで高級レストランのような出で立ちで、六人掛けてもゆったりできるようなテーブルが一五個並んでいる。

 その中でも奥にあるテーブルに案内される。


「先ほどは失礼いたしました。自慢したくなってしまって、つい」

「いえ、お気になさらず……。誰も、いないんですね」

「少し遅い時間ですので、ほとんどここを利用する方はいません。他の六名の方々はおそらくお部屋で済まされているのだと思います」


 手際よくテーブルの準備を済ませてくれるメリッサに会釈をしつつ、会話をする。

 一つ洗練された動きを身につけると、知らず知らずにミルドのような威圧感を放つものだが、メリッサは意識してそれを消しているのだろう。段々と柩も警戒心を解いていく。


「折角こんなおしゃれな食堂があるのに、勿体ないな」


 水を口に含みながら呟く。

 すると近くに控えていたウェイターのような男が笑顔になる。


「嬉しいことを言ってくれますね! ここは来賓の方々を招き、料理でもてなす場で、ものすごく自慢なんですよ! 下っ端の僕がこんな素晴らしいところに入れて幸せってもんです!」


 元気な男に柩がドン引きする。

 

「アルギエール。あまり失礼はするものではないですよ。まだまだ言葉遣いや、仕草に教育が必要そうですね?」

「あー、いや。俺は気にしないですよ。むしろ、こっちの方が親近感が湧きますから、どうか、彼にはこのままでいて欲しいところですね」

「ありがとうございます! パッとしない顔のお兄さん! よく見たらかっこいいですね! いやー、僕は個性伸ばしていくっす!」

「あ、いや。やっぱり変わって。話し方とかはそのままで、中身を丸っと変えて欲しい」


 柩は自分の発言を一瞬で撤回する。流石に失礼すぎた。

 呆れた表情をした柩の言葉を聞いた瞬間、メリッサから無言の圧力が発せられる。


「あとで、詳しくお話をいたしましょうね? アルギエール、あなたはミルドからの教育を含めて、みっちりとお話をする必要がありそうですね?」


 青褪めたアルギエールを柩は鼻で笑い、食事を待つ。

 よほど頭にきたのか、一言断ったメリッサがアルギエールを引き連れ、厨房の奥に消えていく。

 ミルドも顔を出さず、柩の食事は誰にも邪魔をされなかった。

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