第5話 最底辺の無知が行く最悪の異世界転生

 石畳の地面に、レンガ造りの街並みを長いローブに身を包み、フードで顔を隠した男が歩いている。

 どこからどう見ても怪しい男だ。ひどく苛立った様子で、人が避けていく。


「はい、怪しい男の柩さんでーす。クソ、一目見て罵倒してくるかよ普通……」


 王城を出てすぐのことだ。

 柩を待ち構えていた複数人に罵倒され、石を投げつけれられる経験をした。

 細い路地に入りなんとか人目を避け、今に至る。

 おそらく存在隠蔽Lv,1のおかげで誰にも気付かれずにいる。


(効果量がわからないのが怖いな。どの程度ならごまかせるのか、それを知りたいけど……)


 ぶるっと体を震わせ、石を投げつけられた左手を摩る。

 王様からもらった金銭の価値も確認したいが、この状況では難しいと判断し、後回し。最悪、別な国に逃げるしかないと考える柩だが、どれ程離れているのかもわからないため、現実的ではない。


「宿を取りたいけど、難しいか? 俺のことを目の敵にしてくる奴らが襲ってくる可能性もあるし、日本基準だと身分証明が求められる可能性も高い。野宿が現実的か? 料理はできても、サバイバル技術が俺にはないし、最低限の道具ももってない」


 ブツブツと小声で呟きながら道を歩く柩に、異常者を見るような視線が集まる。当の本人は気にせず目的もなく歩く。

 自然と人通りが多いところを避け、人がいない路地へと入っていく。

 雑多とした路地を器用に歩き、地べたに寝ているやせ細った人たちを見下ろし、こうなる可能性もあるのかと記憶にとどめる。

 ジメジメとして、陽の光もあまり入ってこない薄暗い路地に力なく横たわる人たち。おそらく不法な薬を使っているだろう、たまに痙攣を起こしている人もいる。


「おい! このクソガキ!? 逃げてんじゃねぇ!!」

「いやぁぁぁぁぁぁ!!」


 野太い男の声と、幼い少女のような悲鳴が聞こえてくる。


「っ!?」


 柩は内心自分でも厄介な性格をしていると考えながら路地を走る。

 悲鳴が聞こえたらつい、体が動く。そいうことをしても。打算やひどい考えがあると考えさせるように行動してきた。

 運が悪く、本当にそう思われてもおかしくない状況に置かれたり、助けられた後で遅いと怒鳴られたりと、ひどい記憶しかない。

 しかし、それでも体は動くのだから仕方がない。

 そんな風に自分を正当化しないとやっていけないほど運が悪かった。


「誰だっ!?」


 スキンヘッドに、巻き付くような蛇の刺青を入れたデカイ男が路地から飛び出た柩に怒鳴り声をぶつける。

 190cmを優に超え、ボディービルダーも裸足で逃げるような体躯。

 その体をピチピチの燕尾服で固めた、なんとも不思議な格好をした巨体がそこにいた。

 鋭い眼光に射抜かれた柩。足がすくみ、視線がわずかに下に下がる。

 その視線に入ってきたのはデカイ男に腕を掴まれた、大きなフードに身を包み、顔を隠した子供だった。

 性別は先ほどの声からして女。


「子供に、なに、してんだ?」

「ああ? 坊主、震えてるじゃねぇか。引っ込んでな」


 地面が唸るような低い声で答える巨体。柩の震えを見て鼻で笑う。

 力の差は歴然で、柩は立ち向かったら死ぬだろうとすぐにわかる。

 まるで、象と蟻のような関係性だ。

 だが、それでもやめようとはしなかった。


「坊主。引っ込んでなって行ったはずだ。じゃねぇと、お前も捕まえて奴隷にするぞ?」

「その手を放してやれよ。どうして、子供を襲ってるんだ? その辺に死んだように転がってる奴らもいるだろ」

「そりゃ、将来有望だからだろ。子供の頃から育てれば、愛玩動物にもなるし、戦いにも使える奴隷になるんだからよ。高く、売れるんだぜぇ?」


 下卑た声音で少女を片手で持ち上げる男に、不快感が湧いてくる。

 言葉ならなんとかできると思ったが、文化の差や、考えの差がひどく伝わってきてしまい、言葉に詰まってしまう。


「離してっ」

「いでぇっ!!」


 獣のような動きで男の手に歯を立てる。思わず手を離した瞬間を逃さず、柩が入ってきた路地とは別の路地へと猛スピードで入っていき、すぐに見えなくなてしまう。

 その背中を涙目で見送った男が柩を睨みつける。


「テメェ!」


 たった一言に怒気を詰め込み放つ。しかし、動き出しは柩の方がはるかに早い。

 来た道を全力で翔ける。


「はぁっ、はぁ!」

「待てやゴラァぁぁぁぁぁぁ」


 鬼のような形相で路地に転がっているゴミや木箱、人を蹴散らしながら思いも寄らない速度で追ってくる。

 最悪壁も破壊しそうなほど鬼気迫る形相で、柩も必死に走る。

 ギリギリ柩の方が早く、少しづつ離してはいるが、木箱やゴミを投げつけてくるせいで決定的なほどの距離が開かない。


「しゃぁ、なし!!」


 壁に挟まれ、2mほどの幅しかない路地に柩の声が響く。

 声と同時に右の煉瓦造りの壁に飛び移り、壁を2歩斜め上に走り、壁を思い切り蹴る。

 逆側の壁も同じように登り、右側の屋根によじ登る。


「意外と俺も動けるんだっての。バカにすんな」

「降りてこい、クソガキぃ! ひねり殺してやるぁぁぁぁ」


 恐ろしい声を無視して屋根の上を軽快に走る。

 太陽の位置からして、北側に足を向ける。その方角には離れているが、大きくそびえたつ門が見え、最悪そこから脱出するつもりでいるからだ。


 大男を巻いたことを確認した柩は、走る速度を緩め、小走り程度に抑える。


「警察に感謝だな。俺何もしてないのに、ひったくりの格好に似てたせいで何回も追われて、逃げてたのが役立った。他にもなぜかヤンキーに追い回されたりとか、色々あったな。ここよりも命の危機あったかも」


 危険から逃げ出した直後だったため、気分が高揚して独り言が多くなる。

 そうすると、足元がおろそかになる。


「あ! ——いってぇ!!」


 屋根の上から足を滑らせて盛大に落ちる。

 木箱のおかげで擦り傷と打撲ですんだが、離れてはいるが、路地に帰ってくる。


「少し、休んでから動こう。考えをまとめたかったし」


 壊れた木箱に体重を預け、腕を組みながら考えに耽っていく。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 つくづく運が悪いと思う。

 柩は内心で自分をそう評価し、細い息を吐く。


 生まれ育つ家庭は本人が選べるのものではなく、運で決まる。

 比較的友人には恵まれたが。環境の運はなく、教師や周りの大人たちから柩は散々な評価を受け続けてきた。

 嫌な環境に身を置き続けて、ついに異世界転生を果たすが、自分が関係ないことで迫害され、最初からひどい扱いを受けた。


「……まぁ、心機一転てことで前向くしかないか」


 後ろ向きなことを考えていても仕方がないと壊れた木箱から体を離し、立ち上がる。木の破片を払いながら、大通りに戻るために足を動かせ始める。


「さっきの子供は、大丈夫だったかな? ——俺が心配してもどうしようもねぇか」


 頭によぎった先ほどの子供を心配する気持ちもあるが、過ぎたことだと切り替える。

 大通りが見えてきて、路地から体をだす。


「うおっ」

「ととっ! お兄さん、ごめんにゃ! ルルの可愛さに免じて許してにゃー!」


 160cmほどの少女とぶつかりそうになる体を反射的に引いて衝突を避ける。

 可愛らしい声を上げながら去っていくのは、灰色の髪をした何かの制服を身につけた猫耳の少女。

 獣人であろう彼女のお尻からは動くねこのしっぽが見えたが、雑踏の中に消えていく。


「た、《怠惰》だ!」


 ぶつかりそうになった時にフードが外れていたのか、柩を指差し叫ぶ男。

 その声を聞き反射的に反応した複数人が、手に持っていた紙と柩の顔を見比べて、睨みつける。

 まさかと思い周りを見渡す柩だが、気づくのが遅かった。

 ほとんどの人間が持っていた紙には柩の似顔絵らしきものが書いてあるのが見える。

 用意周到で気が滅入るが、これ以上動きがある前に正面突破するべく、人垣が薄いところに体をねじ込み、走る。


「一日置いたのはこれをするためか!? いやがらせにもほどがあるだろう!!」


 肺を酷使したくはないが、叫ばずにはいられない。

 レンガを敷き詰め舗装された道を全力で走りながらフードを深くかぶり直す。


「止まれ!!」


 正面から門兵と思しき男2人が槍を構えて、道をふさぐ。

 城門を出て正面。目指していた門が近づいていた。

 象ですら悠々と通れそうなほど大きな門。その手前には兵の詰め所だろう建物と、門兵が複数人見え、騒ぎを聞きつけた門兵が柩の前にきたのだろう。


「貴様!? 何者だ!」

「お前らに、構ってる暇は、ねぇ!!」


 鉄の胸当てと兜を身に着けた兵士に大声を返し、目の前で急制動。速度を殺しきる前に身を低くして2人の間を走り抜ける。

 柩の動きに兵士たちは目を丸くし、後ろから追いかけてくる。

 それなりに動けると自負しているが、さすがに複数人を同時に相手取って大立ち回りはできない。しかも、相手は日々鍛えているだろう兵士だ。


 どうする? どうする? 酸素が足りない頭を必死に回し打開策を考える。

 足を懸命に動かし、酸素を求める肺に必死に空気を押し込んでいく。

 門の左右に2人ずつ、門の中側を3人で固めており無理矢理通るのは難しい。


「止まれぇ!!!!」


 後ろにいる兵士の叫び声に気付いた兵士たちが一斉に柩を見つめ、敵意が込められた視線を向けられる。

 余計なことをと思わなくはないが、当然の行動かと胸の中で納得させ、雑念を消す。3mほどまで門が近づいてくる。柩が近づく方向とは逆側、つまるところ、街の外側から大きな馬車が入ってくるのが見える。

 御者台に座っているのは強面で、大きな体をした男。顔は怖いが、雰囲気は優しく、親しみやすそうだと、現実逃避気味に分析する。


「おいおい、何の騒ぎだ? 兵隊さんよ、俺は俺の店に帰りたいんだが、通ってもいいか?」

「い、いいわけないだろ! 少しは待てんのか!?」

「そうはいってもよ、こっちだって客が予約してくれてんだ。遅れたら職人の恥って奴だろうが」


 兵士たちも無視できない人物なのか、見るからに焦り待つよう促す。

 しかし、そんなことをお構いなしに男は中に入ろうとする。

 その一瞬の混乱に乗じて馬車の下に柩が滑り込み、曲芸じみた動きで馬車の下抜け、そのまま走り出し、振り返る。


「おっちゃん、助かった。この恩は返さんでもない!!」

「犯罪者っぽいあんちゃん! 俺が共犯見たくなるからやめろよな!!」


 そういいつつもほくそ笑んでいる男を見て、門兵に思うところがありそうだと柩も笑いながら右手を上げて走り去る。

 遠くから複数人の怒鳴り声が聞こえてくるが、さすがに門から離れるわけにはいかないのか追ってはこない。


「よし、とりあえずは町を出れたからまずいいか。

 やることは、金銭の確認。《偽りの法衣》の性能確認。あとは、レベルはどうやって上げるかだな……」


 何もかもわからない、最底辺の無知が行く最悪の異世界転生が始まる。

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