最終話 何に喩うべきか
喜市郎は、帰還した。
日本海海戦の結果によって日本海の制海権を完全に得たことでロシアの旗色は一気に悪くなり、当初ロシアが圧倒的有利と見ていた諸外国は驚愕した。
新聞報道は、そのことばかりである。
日本は、アメリカの仲立ちによってロシアと和睦を結んだ。世にいうポーツマス条約である。
世界的視点で見れば極東の小国でしかなかった日本が大国ロシアに勝利したことで、たとえば同じように西欧列強にその領土や主権を脅かされていたアジア諸国は称賛の声を上げた。
そういう記事から、辰子が眼を上げる。
日本海から戻ってから、喜市郎はまた口数が少なくなった。
戦争で怪我をしたとか、そのようなことはない。しかし、軍隊に出る前の彼と比べると、やはり別人だと言わざるを得ないと辰子はのちに述懐している。
「それでも、目ぇの色を見たら、喜市郎さんやて思う。あの人が嫌いな、青い目。戦争から戻ってきはってから、もっと嫌いにならはったんちゃうやろか。それでも、あの目ぇ見てたら、ああ、帰ってきはったんやな、て。そのあと何年も、毎日、そう思てたえ」
実際、そういう気分であったのだろう。
だから、このときも、辰子は新聞記事のことには触れない。その代わり、縁側に腰掛けて京都の商家らしい造りの小庭の風を聴いている彼の背に向かって呼びかけた。
「うちを、嫁にもろうとくれやす」
さすがに喜市郎は振り返り、その目の青を薄くした。
「辰子さん。なんや、急に」
「ずっと、言おう言おう思てたんよ。せやけど、海から戻ってから、ずっと考え込んで。気ぃ悪いわあ」
皮肉を言うわりに、辰子の小ぶりな目の線は優しげである。喜市郎は眉を下げ、少し笑った。
「すまん、すまん」
「そんな、気にせんと。色んなことがあったんやろねえ」
「せやな、あった。いろんなことがあったわ」
なぜか、辰子と話していると、海のことや戦争のことを思い返さずにいられた。なぜだろうと思って、辰子と話すことしか考えぬようになるからだと気付いたという。
「せやけどな、辰子さん。僕をかわいそうや思てそう言うんやったら、気ぃ使わんといてや」
「あほな」
辰子が、こっぽりを鳴らすような声を立てて笑った。
「喜市郎さんが可哀想で嫁にもろてくれ、て、どんな話や。ふざけるか黙るかのどっちかやろと思てたし、自分から言うたろ思ただけや」
喜市郎は、なぜか安堵したように息をついた。そして庭を背にして辰子に向き直り、居住まいを正して言った。
「みんな、僕を蔑んどる。そういう目で見とる。戦争に食わしてもろたと馬鹿にしとる」
当時、そういう風潮があったことはすでに触れた。軍人に人は称賛の声をかけながら、内心は働きもせずお上に食べさせてもらっていると小馬鹿にするような場合があったが、喜市郎はそのことを言っているわけではなさそうであった。
おそらく、彼を取り巻く家族の視線のことであろう。幼少の頃からその目の色のことを言われ、そのために親のことも兄のことも歪んだ像に写っている部分がある。そのレンズを通して見ると、なるほど、目の青さが海の青さであるなら、そこに無数の鯨が沈み込んだ彼は死をいたぶって遊ぶ鬼のように蔑まれていると思い込んでしまうものであるのかもしれない。
辰子はこんどは笑わず、そっと喜市郎の、皮の硬い手の甲に自らの掌を重ね、
「みんな、辛い思いをした。喜市郎さんも、辛い思いをした。そやから、どうにかして、こうして喜んで──」
と、新聞を顎で指し、
「──明るい気分になるように、てしてるんやん。自分から暗い気持ちになることなんか、なんにもないんよ」
「そやけど、僕は」
「喜市郎さんの」
目の色は、と辰子が鯨の啼く海を覗き込んだ。
「ただ、喜市郎さんの目の色。きれいな、きれいな、ビードロの青。夏の空の青。天皇陛下でも見たことないような、宝物の青」
そのようにして、いくつも、いくつも、辰子は美しいものに喜市郎の青を喩えた。喜市郎が記憶できぬほど、たくさんの美しいものが辰子の心にはあり、それが唇から珠となってこぼれ出るようであった。
「一緒になって、子供ができて、もし、僕とおんなじ目ぇやったら」
最後の抵抗のようにして呟く喜市郎であるが、辰子には通用しなかった。
「かまへんやないの。そんなん、何色でも。玉虫はいろんな色やし綺麗やて言われるけど、もしあれが黒しかなかったら、ただの
ぼっかぶりというのはゴキブリのことであるが、その言い様がおかしくて、喜市郎は吹き出した。
「わかった、辰子さん」
吹き出したとき、なぜか、彼の目から、その青がぽろぽろと滴になって流れ落ちた。それが黒っぽい板敷に染みを作るのにしばし眼を落とし、やがて上げ、言った。
「ありがとう」
私の知る喜市郎、いや、祖父は、物静かである。まるで海のような、とあらわすのが自然なほどに、深みと静けさを身にまとっていた。
彼は、私に言った。
「戦争なんかな、ほんまはな、知らん方がええねや。知らんと生きていけるなら、そんなにええことはない。ええか、それはよう覚えとけ」
では、私は、我々は、何を知るべきであるのか。戦いの愚かさか。勝利に酔い、道を誤った我が父祖の時代のことか。死の哀しさか。
おそらく、そうではない。我が祖父をして昭和の末近くまで生かしめたのは、そういう、いわば理屈の部分ではない。
祖父は、戦争を経て深く傷付いたが、それでも己の側に寄り添い、ともにあろうとする人があることを知った。彼女が挙げたあらゆる喩えよりも、そうして人の心に寄り添う人の姿こそが最も美しいのだということを知った。
だから、祖父は、傷付きながらも、穏やかに生きた。
祖父は、優しかった。言葉数の少ない人間ではあったが、困っている人、傷付いた人を見ると、そうと知れぬようなさり気なさで、いつも手を差し伸べるか、そうでなければ静かに共にあろうとしていたように思う。
そういうときの祖父の目は、決まってとても暖かな色であった。
私には祖母のようにその様を上手く喩えることはできないが、少なくとも、私は、それを祖父母や我が両親のほか、私を取り巻くあらゆる人から教わり、知っている。
私は、我が知る人に、どのようなことを伝えられるだろうか。それを求めることは航海に似ているようにも思う。
このさき、迷うことも多かろうが、不安は少ない。祖父のように、その目に棲む鯨とともに泳いでやれるようになるには、まだ未熟ではあるだろうが。
鯨の啼く海 完
鯨の啼く海 増黒 豊 @tag510
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