ACT3 尖塔のジハード
今はもう動かない
大きな、世界最大の高さを誇った尖塔へと続いてる。
ゾンビの襲撃が前方からのみに限定されるメリットがあり、攻略の突破口に決定された。
地面から高く浮いた陸橋で屋根もある。
両サイドはガラス張りでそこから塔が見える。
シェイク・ザーイド・ロード沿い、かつてダウンタウン・ドバイと呼ばれた超高層ビル街、その頂点。
いくつもの曲がり角、そっと先を窺い見て、銃を抱えて転がりながら飛び出す。
構え、狙い、撃つ。
ゾンビは角を曲がった直線ごとに数体いる。彼が近くの奴を排除すると後続がすかさず援護、掃討する。
前のミッションで一緒になったあの凄腕女スナイパーだって、最初はオモチャみたいな.22ロングライフルで戦ったのだそうだ。
細かい積み重ねを続けてやっとAランクの地位を築いたのだ、アラブ人でもない啓典の民のくせに。
Dランクに降格になり、支給される弾薬の数も威力も減った。
アフメットはそれでも諦めるつもりはなかった。
ジハード部隊は8
「第4地点、クリア」
「焦せンなよ、慎重にな」
進路上の屍を一掃した、リーダーが口元にAKの銃口を近づけてふっと吹く。
西部劇の真似事だが現代の無煙火薬ではまるでサマにならない。鼻にかけた大きなサングラスがずれる。
「問題ないさ」
とアフメット。
アフメッドは熱を持ったカラカルピストルの銃身を触って弄ぶ。
リーダーは無表情に髭を撫でる。
アポカリプスより6年。
人は急速にその版図を減らし、残された僅かな島で細々と暮らしているに過ぎない。
「塔さえ奪還出来れば俺たちはあと十年だって戦える」
「冷却システムを復旧させたら真水が作れるンだっけか。そう上手いこと行きゃいいがな」
友達の死は簡単に乗り越えられるようなものではない。だが感傷に浸る暇もない。
そんなのは誰にとっても同じ事。
ただ目の前の敵を倒す、それだけが残されたものにできる唯一の仕事なのだ。
「俺がハキムの、死んでいったあいつらの意思を継がなきゃ」
「今回はモールだけだぜ。塔なンていつになる事やら」
巨大なショッピングモールが塔の前には控えている。
電源の死んだモール内は真っ暗で、それこそゲームのダンジョンと変わらない。
総面積約111.5万平方メートル、東京ドームの240個分の闇が広がっている。
このあたりのゾンビは比較的外国人が多く、同朋人を撃つのと比べて少しは心が痛まない。
殆どが観光客だった者共だ。
「こんな足元でよ、ちまちま這いずりまわってンのが精一杯じゃねえか」
「何事も順番でしょ。モールさえ落とせば補給にも余裕が出来るし」
「それを、どこまでやらせるンだって話しさ、俺たちに。今出来るのは奴らを適当に間引きするくらいだろうに」
長い
両側がガラス張りの連絡通路から外の光が入って来るが、それが届く範囲はごく僅かにすぎない。
「まずはここに第一拠点を作る。モタモタすんじゃねえぞ、前後にバリケードだ。奴らを絶対に寄せ付けるな」
「後続は?」
「連絡済みだ、今来てるよ」
露払いが終わってしばらくしてから残りの部隊が到着する段取りになっている。
間を詰めすぎてはいざという時退却もままならない為だ。
交代で近くのテナントから什器の棚やらレジ台を集めてきては積み上げる。
マヌカンのゾンビを見つける度に総出で排除する。
簡易の防壁が出来上がる頃、ようやくたどり着いた40人あまりが整列する。
アフメット他5名は警戒にあたりリーダーは司令に戦果を告げる。
「報告。先鋒隊にて歩道を占拠、被害ナシ」
「よし、拠点に物資を置け」
司令は突入部隊3パーティを直接指揮、アフメッドら防衛班も間接的に彼の指揮下にある。
他に補給部隊が2パーティあり、彼らは戦力のない荷物持ちだ。行きに弾薬や水、食料を運び、帰りは戦利品を運ぶ。
今回のミッションはモールの占拠なのでその量も大量なはずだ。
各隊に待機やら警戒の指示を飛ばしたのち、司令がリーダーに問いかける。
「先の状況は?」
「ひとまず落ち着いちゃいますが。あとは偵察次第ですかね」
マップを広げて目的の部屋を探す。3階のバックヤードだ。
「奴らがどれだけいるか分からねえんだ。ま、気長に行こうぜ」
「さっさとコントロールルームを確保出来りゃいいンですが」
「楽な戦いはないさ」
電源の確保。それがモール奪還の最低条件だ。
すでにこの辺り一帯に向けて送電が開始されている。海沿いの発電所から引かれた高圧線の整備は別部隊ですでに済んでいる手筈だ。
「しかし暑いな」
空調の効かない鉄筋のビルの中は人の生きられるレベルを超えている。ここは砂漠の国の中心なのだ。
「しかも臭いぜ」
「ガスマスクも用意するンでしたな」
「違いねえ」
染み付いた死臭はいずれいつかは消えるのだろうか。
自分たちの行動がむしろそれを増やす事のないように祈るだけだ。
偵察から戻って来た三名が各自報告をする。どうやら問題ないようだ。
突入部隊はおのおの銃のレイルにレーザーサイトを付け、暗視ゴーグルを装備する。光電子増倍管は微かなチャージの作動音を立てる。
「じゃあ作戦通りだ。
補給部隊ニ班は待機 。
「
号令と共に、兵士は続々と闇に向かって侵攻していく。
※※
アフメッドのパーティは
拠点の防衛、退路の確保を主任務とするパーティだ。
またあのリーダーも一緒だ。ハキムもジャクソンも死にもはや単独チームとしては成立し得ない。それでもこんな合同ミッションで似た境遇の者をスカウト出来れば再発の目処も立つ。これもよくある話で、パーティ内の親交は大抵そこまで深くはない。ゾンビを殺す為の取り替えのきくパーツなのだ、お互いにとって。
遠くで銃声が聞こえる。
アフメットはふと、姉の結婚式を思い出した。
カラフルなヒジャブ、手にヘナの模様を描き、着飾った美しい姉と高らかな銃声。
アラブでは礼砲として実弾の機関銃を打ち鳴らして祝福する習慣がある。
かつてはそれをテロリストの暴動と勘違いされて米軍に爆撃されるという、大虐殺事件も各地でしばしば起こった。
文化の違いというのは救いようのない悲劇を生む。
ゾンビは今や
この塔はしかしアメリカ人の設計で作られ、観光や誘致された企業の中にも沢山いた。
闇からもぞもぞと這い出てきた金髪のゾンビを手慰みにカラカルピストルで撃ち殺す。
姉は16歳で嫁に行った。まだ幼かったアフメットはよく遊んでもらって、でも喧嘩をするととても怖く、時には泣かされた。家の中でヒジャブを脱ぐと緩やかなウェイブの黒髪がとても綺麗だった。
CIAとFBに仕掛けられたアラブの春の余波による内戦で亡くなっていなければ今も動く死体として同じように這いまわっていただろう。
彼女は亡命することが叶わなかった。
幼い頃は誰が悪いのかなんて分からなかった。今は、ゾンビが全部悪いのだと決めつけることが出来る。手が届くだけ同じ地獄でもマシなのだ。
「なあ、これは全部神の試練なんだと思うかい?」
リーダーにふと問いかける。
「人は罪の無くなるまで試練を受け続けるんだってさ」
「ハキムか。あのおっ死ンじまった同郷の奴だな? 出来れば、早いとこ忘れちまえ。引っ張られても詰まらんぞ」
リーダーは信心も素っ気もなく言う。
「運良く俺たちに輝かしい来世なんてものが訪れやがったとして、
反感を感じながら、アフメットは黙っている。
「俺は何があっても生き残ってやる。その為なら何だってやってやる」
「支配人の小言聞いたりとか、ね」
「拠点防衛なンつう儲けにもなンねえ貧乏くじ引かされたりな」
生への執着は、彼には家族があるからだと知っている。貧乏暮しの探索者生活でもなんとか小さな家庭を持って細々と生活をしているらしい。いつかヨットを買ってゾンビのいない無人島にでも逃げて山羊を飼って遊牧生活するのが夢なのだそうだ。
トランシーバーから定時連絡がある。
『月光隊グランドフロア制圧。損傷は軽微』
『陽光隊エレベーターシャフト確保。電気の復旧次第利用可能』
『星光隊現在交戦中。エスカレーターから続々と降りてきやがるぜ』
彼方の銃声。
警戒は一瞬も解けない。
____________________________
設定メモ
登場兵器紹介
名称
製造国 弾薬 有効射程 重さ
備考
RPG-7
ロシア製 (弾頭次第)
ゲリラ御用達ロケラン
※銃
Lobaev Sniper Rifle tads ks-11
ロシア製(TADS) .50BMG 2200m 10kg弱
ボルトアクション 重い
FA-MAS
フランス製 5.56mm 300m(F1) 3.6kg(F1)
よく詰まる 初期型F1は鉄製薬莢必須
AK-47
ソヴィエト製 7.62mm 350m 4.4kg(空)
おなじみカラシニコフの出荷数は世界一
CAR 816/Sultan
UAE製 5.56mm 500m 3.4kg
サウジのイエメン介入の際に殺されたUAE国民スルタン大佐を追悼して名付けられた
Caracal pistol
UAE製 9パラ 25mくらい? 0.8kg
ハンドガン
※ この設定メモはフィクションであり実在のものとは無関係です
遺族の末裔 @hsn_scapegoat
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