来館帳
出入り口が一切存在しない所を除けば、この図書館は一般的な物とはさして変わらない。
室内の隅にある受付カウンター。
本来ならば司書さんがいるはずの、決して広くはないスペース、そのスペースがこの異界の図書館においての
「疲れた…お尻痛い…。」
椅子を並べただけの不出来なベッドに横になりながら、参考にしようと適当に借りて来た本を手に取り目を通す。
しかし、読めども読めども、何の感情も湧き上がらない。
そこにあるのは、ただただ文字列を視線で追う作業。
五十音の表をひたすら読まされているような、そんな感覚に栞は陥る。
「はぁー…なるほど…食べカスね…。」
その理由は明白で、この場の主人である梟頭の悪魔のせいである事を栞は知っていた。
アウルは物語を食べると言うが、正確には物語に込められた感情を食べる。
そのため彼に食べられた物語は消える事はなくとも、活字の集合体としか認識することが出来なくなるそうだ。
「これじゃあ参考にならないじゃない…次…。」
持っていた本を放り投げ、積んでおいた本から一冊抜く。
しかし結果は変わらず、結局栞は文字列を目で追う事になる。
「だぁぁぁぁ…少しくらい残しときなさいよ!なんの参考にもならないじゃない!」
「おい…うるさいぞ。」
「ちょっと!私の部屋にいる時は話し掛けないでって言ったでしょう!」
「部屋…ねえ。」
「…なによ…?」
「いいや、何でもない。それより、一人の時間を大切にしたいのなら余りでかい声を出すな。俺に迷惑がかかるだろう?」
「いいじゃない、あなたなんてどうせいつも紙束眺めてるだけなんだから…て…何してるの?」
驚愕する栞、その視線の先には、相変わらずいつもの定位置である椅子に座る梟頭の悪魔がいる。
しかしいつもと違う部分が一つだけ存在していた。
それは手に持たれたペンと机に広げられた高価そうな手帳。
「何それ?何書いてるの?見せて!」
はしたなく受付カウンターを飛び越えて、一目散にアウルの元へ接近し手帳をふんだくる栞、梟頭の悪魔は別段隠そうと抵抗もせずに、少女にそれを許した。
「
「それは、これまでにこの図書館へ訪れた来館者達だ。暇だったのでな、面白いと思った人間はそこに観察して書き記しているんだよ。」
「へぇー…こんなにいたんだ…。というか、あなた絵うまいのね。知らなかったわ…。」
「それも暇つぶしの一環だ。」
「ふーん。」
ちょっと誇らしそうに胸を張るアウルを流し、手帳のページをペラペラめくる。
すると一番新しいページに描き書けのページを見つける。
「
「ああ、お前もかなり面白い人間なのでな、今記していた。」
小馬鹿にするように笑う梟頭の悪魔。
その表情から察するに褒められている訳ではないのだろう。
しかし栞はなんとなく、それを嬉しいと思った。
「ねえ、私の絵は可愛く書いてよね?」
「俺は嘘は書かんぞ。見たままのお前を書く。」
「あら、なら大丈夫よ。だって私は可愛いもの。」
「フッ…」
「おい!何で笑った!…まあいいわ、完成したら見せてよね。」
「ああ、だがコイツには作品名を書く欄もあってな。完成させるには、まずお前が物語を完成させる必要がある。だから、そうだな、お前が物語を完成させた時に、まだ覚えていたら見せてやろう。」
「くそう…結局そこに行き着くのね…」
「当たり前だろう?ここではそれが全てなのだからな。」
「わかったわよ…書けばいいんでしょ?書けば…」
こうして栞もいつもの位置へ。
その日の図書館には、二人分のペンの音が鳴り響いていた。
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