書架と梟

鳥の音

図書館雑談

壁には本、床には紙束、埃を被った木製図書館。

出口はなく、外の景色も黒一色。

そんな場所に人影が2つ。


「ねえ、私はいつになったら帰れるのかしら...?」


1人は少女、木製の長机にペンを持って白紙の原稿用紙に向き合っている。

長い黒髪とぱっつん前髪が特徴的な制服姿の女の子、三野谷 みのや しおりはそうぼやく。


「お前が物語を書き上げ俺に食わせたらと何度も言っているだろう?」


もう1人は男性、足を組み退屈そうに床の紙束を拾い上げ、そこに書かれた字を見ている。

黒いスーツをキッチリ着こなす、梟頭の上級悪魔、アウルは少女の正面の席からそう返す。


「何度も言ってるでしょ?私は読むのは好きだけど書くのは苦手なの!読む専なの!」


「だから何度も言い返しただろう?書かなければ出れないのだと。悪魔の契約は何があっても破れないのだと。」


「一方的な契約じゃない!」


「そうだな、だが契約は契約だ。書かなければ絶対に出れない。不満なら、この場に入ってしまった自分に言う事だな。」


既に何度も行われたやり取り、売り言葉に買い言葉。

栞は苛立ち、アウルはため息を吐く。


「だぁぁぁぁぁぁ!無理!疲れた...だいたいこんな状況で冷静に書けるわけないでしょ...はぁー...皆心配してるだろうな...」


「一時間足らずで俺に慣れた人間の台詞とは思えんな...まあ安心しろ、この空間にいる間はお前はいなかった事になっている。」


「はぁ!なにそれ!じゃあここで一生を終えたら私は誰にも覚えられずに死ぬって事!」


「どれだけ居座るつもりだ...それについても安心しろ。ここは時間の概念がない、だからどれだけ時間をかけてもお前は死なない。」


「でも周りの人達はどうなるの?浦島太郎的展開なんて絶対に嫌よ!私!」


「それも問題ない、契約を終えた者は入った時の時間に戻れるようになっている。」


いくつもの不安は解消されて、そこで栞は疑問に思う。

この梟頭は悪魔で私は悪魔に囚われたかわいそうな被害者の筈...しかしなぜだかそれ程危機的状況に思えないと。


「ねえ、これ何の意味があるの?」


「どういう事だ?」


初めてアウルが紙束から視線を外す。

大きく鋭い、人の物では到底ない両の眼が栞を見る。


「いや...悪魔ってもっとこう...人を騙したり陥れたり...魂食べたりするもんじゃないの?」


その質問にアウルは腹を抱えて大笑いする。


「そんな事をするのは人間の思い込みと信仰の末に生まれた架空悪魔達だけだ。俺達は皆自分の欲に忠実に、好き勝手に生きるだけさ。時間は山ほどあるが有限じゃない、そんな無駄な事に時間を割く程俺達は暇じゃないのさ。」


小馬鹿にするように笑うと、アウルは再び手元の紙束に視線を落とす。


「でも閉じ込められてるんでしょ...」


栞の呟きにアウルの肩がビクッと揺れた。

そう、この上級悪魔様は以前、まだこの旧校舎が旧校舎ではなかった頃にこの図書館に住み着いていたのだが、その時にここの生徒と思われる少女にこの場に封印されたのだそうだ。

それ以来外には出れていないらしい。


「とにかく、早く書き上げろ!前回から数年...久しぶりの来客で、俺は腹が減っているんだ!」


機嫌を悪くしたようで、アウルはそっぽをむいてしまう。

栞はそれを面白そうに眺め、白紙の原稿用紙に向き直った。

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