白紙の理由

そこにあるけどどこにも無い。

世界から外れたどこにでもありそうで、どこにも無い図書館には、相も変わらず人影が二つ。

それ以外には何もなく、それ以外には何もいない。

静かなはずの図書館には、囚われの少女、栞の唸り声だけが響いていた。


「疑問なんだが、どうしてお前は何も書かないんだ?」


「だから書くのは苦手なの...私は読む専なんだって。」


「だが書かなければここから出れぬこの状況下で、未だに白紙のままと言うのはどうなのかと思ってな。」


「別に普通でしょ?」


「いや、そうでもない。」


アウルはそう言い床にある紙束を適当に掴むと宙へ投げる。

束は空中でバラけ、まるで雪のように舞い落ちる。


「これらは今までここに来た者達が書いた物語、俺の食事の残骸だ。見てわかるとおりこれだけの人間がここを訪れ出ていった。」


「それは単に書くのが得意だったんじゃないの?」


「いいや、違うな。ここに来るような奴はどいつもこいつも怖いもの見たさと好奇心で訪れる。そういう奴は大概字を読まない者が多い。」


舞う紙束はいつしか消えて、梟頭の悪魔は栞をその双眸に移す。


「どんなに活字を見ない奴でも字は書ける。なのにお前はなぜ書けない?読む専門ならば知っているはずだ。お前は今までいくつもの物語を見てきたはずだろう?なのになぜ書けない?俺はそれが疑問で仕方がない。」


お前は今まで何を見て来たんだ?そう問い詰められている気がして、栞は居心地悪そうに視線を逸らし


「だって...恥ずかしい...じゃない...。」


頬を染めて呟いた言葉、それを聞いてアウルは笑った。


「恥ずかしい?俺に見られることがか?」


「そうよ...」


「お前は外に出る事よりも自分の気持ちを優先するのか?」


「そうよ!悪い!」


再び笑うアウルに不機嫌そうな視線を向ける栞、しかしアウルは笑い続ける。


「お前は馬鹿か?何を恥じている?駄作を作ることをか?なぜ素人のお前がそんな事を気にする?まさか俺がお前程度に極上の物語を求めているとでも?」


「別に!そんな事は思ってない!...でも、こういうのって恥ずかしい物でしょ?あんたは悪魔だからわからないのよ...。」


「なあ小娘、お前は世界中の誰からも自分は愛されてると考えて生きているのか?」


「そんな訳ないでしょ。人には好き嫌いがあるもの、皆に愛されてるってことは皆の好きに合わせて生きなきゃ行けないって事...そんなの疲れるだけよ...」


「なんだ、わかっているじゃないか。ならば尚更なぜ恥じる?なぜ書けない?俺とお前は何も一生を共にするパートナーという訳でも、友人という訳でもない、書いて渡せばそれで別れる、一期一会の存在だぞ?」


栞は再び言い淀む。


「そうだけど...それでも...やっぱり読まれるのは何か...嫌だ。」


どんどん暗い表情になっていく栞にアウルは呆れたようにため息を吐く。


「なあ小娘...いや、お前だけではないな...なあ人間、お前達はどうしてそうも同一でいたがるんだ?なぜ違う事を恐れる?」


「別に私...怖がってない...。」


「いいやお前は怖がっている。俺に自分の作った物語を読まれる事を恐れている。他の物語や才能ありし物書き達と比べられ、違いを指摘されるのではないかと怯えている。」


栞は何も返さない。

それはきっと図星だったから。

何も言わずにだんまりな少女に梟頭の悪魔は更に続ける。


「なぜお前達は違いを無くそうとする?なぜお前達は同じであろうとする?人生の主役はお前で、お前の歩む物語の脚本家もお前だろう?なのになぜ他者にソレを丸投げするんだ?」


アウルは質問を投げかけ続ける。

しかし返る答えは一つもない。


「なあ小娘...お前は今何をしたい?何をしなければならない?ここには同じである事を強要する者も、その必要もないのだぞ?なぜ他者に作り上げられた自分のままでいるんだ?」


やはり答えは返ってこない。

それでアウルは再び大きなため息を吐いた。


「お前はまず文章を書く事になれろ...そうだな自分についてでも書くといい...俺は少し眠る。書きあがったら呼べ。」


そう言い残してアウルは消える。

去り際の酷く冷たい呆れ顔を栞はしばらく忘れる事が出来なかった。

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