役割

スヴェータ

役割

 天はこの世の全てのものに何か役割を与えて降ろす。そんな話をどこかで聞いた。俺は初めてこれを知った時、何と残酷なことかと震えたものだった。そんなもの、あってたまるか。そもそも人知を超えたものは全て曖昧で、無理に名前をつけているだけ。俺はそう思っている。


 東からかすかに音が聞こえる。話し声は、ない。双眼鏡越しに東の方を見ると、若い男女と、子どもが3人。そのうち1人は乳飲み児で、布に包まれ女の腕の中にいた。銃の用意を始める。立ち止まることも引き返すこともなさそうだから。


 この道から国境線を越えた者を射殺する。それが俺の仕事だった。用意ができたらすぐ、2番目に小さな子どもに照準を合わせる。こういう場合は動ける子どもから狙うのが良い。全員が国境線を越えたところで、俺は狙った子どもを撃った。


 既に倒れこんだ子どもを庇う母親。抱きかかえた子どもにも当たるように気を付けて、2発目。父親が残りの子どもを抱えて逃げる。遅い、遅い。銃口を東から西にゆっくり移動させ、2人の後頭部を撃った。念のためにもう数発ずつ全員に撃ち込み、もっと近くに控えた仲間たちに合図した。片付けはアイツらの仕事だ。


 密入国を図る奴らにとってこの道は穴場だった。ここに辿り着くまでが険しすぎて、警備が手薄だから。ただ、俺みたいな奴がいるなんて夢にも思わなかっただろう。誰1人生かして帰しちゃいねえからな。


 国は確実に仕事をする俺を褒めた。金も随分貰っている。俺は何の為にも生きていないが、好きな殺しで金を得ているのだから幸せだ。本来、生きることに理由はいらない。幸せさえ感じられればそれでいい。俺は幸せだ。だから、これでいい。


 数日が経ち、今日は雨。雷鳴も轟いているから、奴らの音は一切聞こえない。双眼鏡もすぐに水滴でいっぱいになるから、仕事がやりにくくて仕方がなかった。ただ、奴らはこういう日を狙って来る。気を抜くことはできない。


 マントのフードをグッと下ろす。いい加減冷えてきたし、雨雫が鬱陶しい。少し引くか。そう思ったところで、バシャバシャとやかましい音が聞こえてきた。この雨と雷鳴をかき分けるようにやって来たのは、ご立派な馬車だった。


 ひとまず馬を撃つか。いや、これは王族の馬車ではないか。俺は迷った。国境線を越えた者は全て殺す決まりだが、それが王族であっても殺すべきなのか。確認の必要がある。もう少し先でも殺せるから、仲間に合図をして確認。しかし、分からないとのことだった。


 分からないなら、殺す。俺は馬を撃ち抜き、残りの人間も全て射殺した。馬車内に留まった人間がいないことを確認すると、再び仲間に合図。片付けを頼んだ。


 俺が殺したのは、王族どころか、この国の王らしかった。それを確認した仲間が俺の元に駆け寄り、拘束。びしょ濡れのまま城へ連れて行かれ、事のあらましをすっかり報告された。俺はびしょ濡れのまま牢獄にぶち込まれ、すっかり乾くまで放置された。


 空腹で気がおかしくなりそうになった頃、コツコツと足音がした。良い靴にしか出せない、硬くて芯のある音。遂に処分が決まったか。死ぬ前に何か食わせてくれねえかな。もう思考にまとまりがない。虚ろな目で音の方を見やると、そこには血まみれの貴族が立っていた。


「やあ、君。悪かったね。ほとぼりが冷めてから全てを話すが、取り急ぎ。革命だ。我ら市民派の勝利。貴族派は王の死であっという間に屈服したよ。多少の血は流れたが、最小限で済んだ。君のおかげさ」


 そう言うと貴族は扉を開け、城の上へ上へと促した。いくつもの階段を上らされ、久しぶりの空を見た。眩しい。目がチカチカしている。あの日の雨が嘘のようだ。ただ音だけはあの日以上にやかましい。人の声と、ラッパや太鼓。まさにお祭り騒ぎだ。


 目が慣れた頃、かつて王が手を振り市民を見下ろした場所まで来ていた。バラバラだった音は拍手で統一され、ところどころから歓声も上がった。全て俺に向けられているらしかった。


 先程の貴族が手で合図して静寂を作る。そしていかにも誇らしげに、こう叫んだ。


「彼がこの革命の立役者です!素晴らしい腕で、見事この国の諸悪の根源を絶ちました!逃げる必要はありません!これからは西側とも友好な関係を築きます!我々はもう自由です!そしてこの自由の立役者こそ、彼なのです!」


 直後、引き金を引いた時よりずっと大きな音が俺の鼓膜を震わせた。割れんばかりの拍手、金切り声に近い歓声、ドンチャカ好き勝手に騒ぎ立てる楽器。俺はまだ何も食べていないのに、そんなこと気にするなと言わんばかりの祝福ムードだ。


 うんざりした顔を向けると、貴族はやっと俺を静かな部屋へ案内し、あふれんばかりの食べ物と飲み物を出した。こんなにはいらねえよと悪態をつきながらも、手近なパンやチーズを手に取り、夢中で食べた。


 食べている最中、貴族が言う。


「本当にあなたのおかげです。事前に何も言わなかったのは、あなたのことがよく分からなかったから。しかしお仲間から話を聞いて、大丈夫だと判断しました」


 思うところは色々あったが、黙って聞いていた。すると貴族は俺が何も言わないのを見て、言葉を続けた。


「あなたはたくさんの人を殺すよう命じられて、さぞやつらかったことでしょう。しかしそれは全て、あの諸悪の根源たる王を殺すためにやっていたのです。あなたの役割は、革命の一翼を担うこと。これまでの殺しはそのためだったのです」


 とんでもねえことを言い出した。そんなことの為に生きちゃいない。俺の人生に理由はない。それなのに全ての話が曖昧なもんだから、都合良く作り話をされてしまった。ああ、何と残酷なことか。何もないのに、名ばかりが輝いて残ってしまう。もう、逃れられないだろう。


 天よ、俺の声が聞こえるか。聞こえねえよな。ないんだから。でも、もしあるなら聞いてくれ。こんなことになるんだったら、俺の役割は人殺しでいい。

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