エントリーNo.09

 河原へ続くゆるやかな階段を、娘はつたない足取りで降りてゆく。名も知れぬ草がやわらかく茂る向こうに、おだやかな流れが横たわっている。水面に反射する強い日差しに思わず目を細める。日陰の乏しい遊歩道はあまりに眩しく、白昼夢でも見せられそうだった。初夏とはいえ気温は高く、手の中の水筒はすでに軽い。背後の休憩スペースに自販機があったかどうか。子どもたちの賑やかな声を聞きながらも足は止めない。思案するうちにも娘はことり、ことりとまたコンクリートの段を進んでいた。

 何かあればすぐに手を取れる位置にいる。それでこの子の命をとりとめたことが幾度あっただろう。本当はまだ肌を離さずにいたくて、けれどこの子は確実に育ってゆく。

 誰にとっても時間は流れてゆくものだ。いつか手の届かない場所にいくはずの娘がみどり溢れる風景の中にくっきりと浮かぶ。わたしの手が必要なくなるとして、わたしの目が無用になるとして。いまわたしはこの子に何をできるだろう。

 どこからか子どもの歓声が聞こえた。わたしはゆっくりと娘を追う。この腕の届く間合いで、この子の歩みを妨げぬ距離で。カメラを構えるまでもなく、初夏の光はわたしの網膜にこの景色の残像を焼きつけてしまうに違いなかった。

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