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エントリーNo.01

 場違いなところへ来てしまった、着いて間もない内に僕は後悔を覚えた。

 広々としたテラスから家族連れの楽しそうな笑い声。穏やかに流れる川からはきらきらとせせらぎ。煉瓦を模してきれいに整地された広い道、その彼方に見えるなだらかな青い山並。

 すべてが僕を拒絶している。そう感じた。

 ここは幸せの場所だ。

 まっとうな道を踏み外す事なく歩んできた、そうした人々が来るべき場所だ。

 いつからか足音を立てないよう歩いている事に気付いた。誰にも気付かれずに、そっと静かに、できるならば陽炎のように、少しでも早く帰りたい。消えてしまいたい。

 人には相応しい場所がある。汚泥に塗れた僕のような人間は、こんな場所にいてはいけない。

 確かにそう感じているはずなのに、踵を返すべき足は歩みをやめ、やがて立ち止まっていた。

 見上げればまだ高くない陽が燦々と、しかし優しく青い空に輝いている。

 幼い子供達は無邪気に笑い、見守る家族の顔は曇りなく優しい。

 建物の前に自販機があるのを見つけ、コーヒー一本分だけ、ここにいるのを許してもらう事にした。


 木陰に座り、久し振りに飲んだ冷たいカフェオレは、覚えていたよりずっと心地いい味がした。

 目の前に広がる川も、この芝生も、この木も、人工的な自然だ。

 緑豊かな美しい景観を作るために、純然たる自然を壊して人が人のために造ったものだ。

 煤けた日々の中で思うだけなら反吐が出そうな代物だ。

 しかし、こうして今、賑わう幸福を背に只中にいると、これでいいように思えた。

 今日この日が正しい家族のいい思い出になるのなら、悪い事など何もない。

 普段なら煙草一本分で捨ててしまう缶コーヒーを、少しずつ、ゆっくりと口に含んだ。

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