あとがき
この度は私の書いた物語にお付き合いいただきまして、誠にありがとうございました。
この物語は「人生を変える一発」を巡って、少年と少女が繰り広げるひと夏の冒険のお話です。
最初にこの話を書き始めた時は「俗語で人生で一過性の成功を収めた人間を一発屋というけれど、本当に『一発』を売ってくれる商売があったらどうだろう」という単なるシャレのような発想でした。
しかし書きながらふと「人生を変える一発」とは何なのだろうと考えるようになりました。
俗物的な自分であれば「大金を手に入れる」とか「魅力的な異性と愛し合う」などで十分「人生を変える一発」なのですが、他の人にとってはそうとは限りません。
例えば生まれつき贅沢な生活をしている億万長者のアラブの石油王だったら「大金を手に入れる」ことを目標とするとは思えません。
また異性に全く不自由しない、恋愛に関してまるで困ったことのない容姿端麗で魅力にあふれる人間だったら「相手に愛される」ことなど当たり前のように思っているかもしれません。
知っている人も多いかもしれませんが、アメリカの心理学者マズローは欲求五段階説という学説を唱えました。
人間の欲求は五つの段階があり、下層の欲求が満たされると上に向かって発展していくというものです。
一段階目が生理的欲求(食欲・性欲・睡眠欲など)。
二段階目が安全欲求(自分を守るための健康や経済力の欲求)。
三段階目が社会的欲求、愛の欲求(何かに帰属して役割を得たいという欲求、誰かに愛されたいという欲求)。
四段階目が承認欲求(他人から認められ、自分を尊重したい欲求)
そして最後の五段階目の欲求が自己実現の欲求という、いわゆる「なりたい自分になる」という欲求だそうです。
あえて万人に当てはまる「人生を変える一発」というものを定義するのなら最後の「なりたい自分になる」というのが全ての欲求を内包しているのかもしれません。
主人公の草壁薫はごく普通の少年ではありますが、人生で失敗を重ねるうちに心が折れて生理的欲求以外はほとんどマヒしているような状況でした。
一方で花咲美空はほとんどの欲求が満たされて不自由なく生きてきたものの「なりたい自分」が判らなくなってしまい、他人の願いを叶える「一発屋」になることで答えを探し出そうとします。
量子コンピュータというものは量子ビットという「一」か「ゼロ」かが観測するまで確定しない因子を組み合わせて演算を行うシステムです。
草壁少年は「一」か「ゼロ」か、「成功」か「失敗」か見えない暗闇に、大事な人間を助けるための一歩を踏み出すことで自分にとっての「人生を変える一発」を見つけ出し、「なりたい自分」になろうとします。
花咲美空もそんな少年の姿を見て「先が見えないとわかっていてもおっかなびっくり前へ向かおうと一歩を踏み出す人間を助けることこそがなりたい自分だった」と気が付いて、その事に気づかせてくれた少年に特別な気持ちを持つようになります。
自分は慣れないことや苦手なことから逃げ回ることが多い人生でしたが、こんな風に後押しをしてくれる人が身の回りにいてくれたらもっと豊かな人生を送れたかも、と思いながら書いていました。
この物語を読むことで貴方が少しでも肯定的な気持ちになってもらえたらこれに勝る喜びはありません。
いずれ別の物語を書こうと思いますが、もしお付き合いいただけたらとても嬉しく思います。
それでは、さようなら。どうかお元気で。
クラスのあの娘は一発屋 雪世 明楽 @JIN-H
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