すごすぎる。すごすぎてしばらく言葉が出てきませんでした。
本作品は三つの中・短編で構成されています。
一本目の『盗まれた壺と「バランスブレイカー」』は、さまざまな役回りのキャラクターが同じひとつの心理現象に行動を左右させられている点で、非常に趣向の凝らされた学園日常ミステリとして完成されていました。
続けて読み進めた『レトロニムと幻の広場』は、時の流れ、それに伴う呼称の変化をテーマとしており、それが学園という舞台やそこに集う生徒らの感情の機微が絶妙にマッチしていました。
末尾を飾る『騙られたエースと欲求の二重性』では、前章までの流れをそのままに、これまでよりも格段に相対的な評価を浴びせられる高校生という身分の彼らの自意識を克明に描いた傑作でした。
能力の相対比較に絶えず晒されることによるアイデンティティの危機。覆し難く、理不尽な上下関係によるストレス。社会性の中で容易に吐き出すことができなくなった本音。
バランスの崩れたそれらは時に整合性を欠いた状況=謎としてこの世界に生み落とされます。
それらを丁寧に読み解き、解決への道筋を仲間と共に模索する主人公・月ノ下くんは、まるでヒビの入った繊細な陶器を修復する金継ぎ職人のようです。
依頼人の戸惑いに、被害者の痛みに、加害者の迷いと歪みに、そしていつも探偵役を任されることになる二人の対話に、学園ミステリの真髄を確かに見ました。
私は作中の機知に富んだ少女、星原さんがしたようなシェイクスピアの引用はできません。代わりに私が知っている中での最高級の賛辞を贈らせてください。
「これは間違いなく古典になるだろう」
まだ出版される前の『アルジャーノンに花束を』を読んだその友人が、作者のダニエル・キイスに宛てた言葉です。
幾度も出版社に大幅な改稿を迫らるも、なんとかオリジナルのまま出版されたその小説が得ることになったその友人の言葉通りの評価を、この『放課後対話篇』も同様に受け取ることになると信じています。
学園ミステリというと、シリアスな内容が多いように思うのですが(あるいは私の趣味が偏っているだけかもしれません)、こちらのシリーズは実に爽快です。
各短編の冒頭で、主人公たちの雑談に織り交ぜられる「身近なテーマ」。
主人公たちが追う「日常の謎」とは一見関連がなさそうに思えるのに、読み進めるうちに鮮やかに絡めて物語に落とし込まれている……感服いたしました。
文章もテンポよく読みやすく、個性的な登場人物たちの会話も微笑ましい。
それでいて内容も濃いのです。お得満載です。
書籍やインターネットから様々な情報を仕入れても、小説の中で生かすことはとても難しいと日々実感している中、作者様の知識量と表現力には脱帽いたします。
じれったい恋愛模様にも注目していただきたいので、やはり対話篇1から順に読むのがおすすめです。
このシリーズは学園ミステリとして一番好きな作品です。
学校で持ち上がるちょっとしたトラブル、その背景には今を映し出すような動機があり、社会問題、心理学、を織り交ぜながら事件の真相に迫っていきます。
このトリビアに満ちた解決編が面白いと同時に、なんというかすごく勉強になるなと、毎度思わせてくれます。
そこにあるのは普遍的な人間・社会の姿であり、現代の人々が抱える奇妙な姿でもあります。
そういったテーマをはらみつつも、物語は二人の主人公によって軽快に楽しく進んでいきます。
特にこのシリーズでは二人の距離も縮まって、鈍感月ノ下君と、気づいてもらえない星原さんのやりとりがまたほほえましい。
読みやすさと構成の妙は作者さんならではの持ち味。
ぜひシリーズ全部読んでほしい作品です!
放課後対話篇シリーズ第6弾!
今回も、ミステリーも例えもとても面白い!
『盗まれた壺と「バランスブレイカー」』
一部生徒の校則違反によって、厳しくなってしまった校則。スイーツバイキングに行けず、しぶしぶ下校している月ノ下くんと星原さんのもとに、高輪くんという一年生が、事件の相談にやってくる。
それは、部活の先生が大事にしていた壺を盗まれたことについて。なんと高輪くんが所属していた陸上部は、件の校則が厳しくなった原因の生徒たち。部活の先生にこっぴどく絞られた部員たちは、先生に復讐するため、壺の悪戯をすることに。持ちかけられた高輪くんは、「鍵を閉めた振り」をして加担することに。しかしその後、イタズラする前に、壺は盗まれていて…。
さらにSNSでは、誰かが盗んだことを自慢げに話し、総叩きされていた。
持ちかけてきた部員たちにはめられたのではないか、と思った高輪くん。果たして、壺の行方は?
サブタイトルの『バランスブレイカー』が2転3転するミステリー!
『レトロニムと幻の広場』
言葉とはその時代の状況や価値観が流転する、生き物のようなものだろう――。
月ノ下くんと星原さんは、新聞部のエース清瀬さんと、バスケ部マネージャーの大森さんを見つける。うっかり巻き込まれ体質の月ノ下くんは、大森さんに「『見えない広場』を探して欲しい」と頼まれた。
バスケ部に残っている『オカルト研究部活動記録』のディスク。そこに残っていた、反転させると炙り出される文字。
その内容は、恋愛成就のおまじないで、筆者は意中の相手と行ったらしい。それを見つけた大森さんは、そのおまじないをやってみたいが、おまじないの場所である『袖振り広場』が分からないという。
『袖振り広場』がわからないという大森さんに、首を傾げる月ノ下くん。しかし星原さんは、自分たちが知っている『袖振り広場』とは違うことに気づく。
月ノ下くんが調査に乗り出すと、なんと候補になるものが二つ。どうやら、新入生を部員に誘っていたことからつけられた名前らしい。果たして、彼らは目的の『袖振り広場』を見つけられるのか?
歪んでしまった『袖振り広場』の本来の意味が明らかにされた時、自信のない大森さんの運命やいかに?
『騙られたエースと欲求の二重性』
SNSで、ちょっとした有名人になった千駄木千里くんの依頼は、「自分になりすましたヒーローの正体を知ること」。
ロードワークの際、道路に飛び出した犬をとっさに助けたのは、別にいる。しかも、その「なりすまし」は、千駄木くんの行動をトレースするような投稿をしていた。
嫌がらせのためになりすますのではなく、評価を与えるためになりすます『ヒーロー』は誰なのか? また、その目的は?
その背景を追っていくと、真相は意外なところにあった……。
本物より本物らしいものが称えられる世の中。
表面より奥にある、『本物』のニーズとは、なんなのか――。