最終話 鬼・約束

 連れ帰った者の話からすると、おそらく近隣に現れる野犬か、あやかしの類に襲われたのだろうということであった。

 とても人の所業とは思えない程……それは無残な姿であった。


 佐郎太の帰りを健気に待ち続けていた白花しらはなは、顔を伏せ、なんとも表情が読めないようになっていた。

 村人からは可哀想だと、同情の目が向けられており、あんなにも信じて待ち続けた結果がこのような哀れな結末だったことに憤りを感じるほどだった。




 ――だが。



 ――再び顔を上げた白花は、彼の惨めな姿を前にし、かんらかんらと笑い声を上げていった。

 あまりの変貌ぶりにイカれたか? と正気を疑うような驚きの視線を彼女に向ける中、白花は大声で佐郎太に向かって罵声を響かせた。


「はっ! なにがずっと一緒にいる、だ! 裏切り者め! 嘘つきめ! お前のような約束もろくに守れぬ軟弱者、見たことがないわ! あまりにも情けなさ過ぎて、涙が出てくるよ!」


 その様子は今までの白花の健気さを吹き飛ばすほどの豪胆な笑い声であり、心底言葉にしているそれは、とても演技には見えなかった。


「お前さん、その言い草はあんまりなんじゃないかい? そりゃ人でなしのいう言葉だよ」

「あたしゃ今の今まで人であったことなどないよ。鬼が人でなしで何が悪い?」


 あまりに高らかに笑う白花に文句を言った村人に対し、彼女はこう返した。


 ――所詮、鬼と人とは相いれぬのだと。

 村人たちは彼女のおぞましいその所業に身の毛をよだつ思いを抑えながら、ただただあ然と見やるばかりであった。


 そこにいたのは、村人たちと共に笑顔で暮らしていた白花の姿ではなく、人の儚い生を馬鹿にする――鬼の姿であった。


 鬼は佐郎太の遺体を担ぐと、そのまま何処へと歩きだしてしまう。


「ちょっと待て。佐郎太をどこに連れて行く気じゃ」

「どこって? 喰らうんだよ。こいつはあたしとの約束を破った。だから喰らう。それだけよ」


 村人はその様子があまりにも恐ろしくなり、ただただ佐郎太と鬼が森に帰るのを見送るしか出来なかった。

 鬼は森に帰り、再び森には人食い鬼が住む――そう、噂されるようになり、村人は森の鬼を恐れるようになった。


 ――こうして、佐郎太と鬼の暮らしは幕を閉じ、跡に残ったのは二人が住んでいた家屋だけであった。










 ――どれほどの歳月が過ぎただろうか。人食い鬼の森の噂は消え、そこに住む村人たちもとうの昔に代が変わり、新たな世代になった頃……とある噂が経った。

 曰く森の奥深くにある広場。そこの中央には墓に見立てられたものが建てられているのだそうだ。

 広場には数多くの花々が植えられており、春にはなずな、夏には千日紅、秋にはホトトギスと……本当に様々な花が季節が変わるごとに咲き誇り、ちょうど今の時期には墓前には女郎花おみなえしが捧げられているのだとか。


 色とりどりの花が季節を謳歌おうかするその広場の手入れをするのは、その花畑に負けず劣らずの笑顔を咲かせる一輪のだった。

 彼女はこの花畑に決して誰にも立ち入らせず、いつしかそこは鬼の花畑と呼ばれることになったのだそうだ――。

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御伽の鬼は涙を流さず 灰色キャット @kondo3

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