第4話 鬼・歳月

 ――佐郎太と白花しらはなが結ばれてからどれだけの時が過ぎただろうか。

 最初は忌避の目で見られていた彼女もその身目の麗しさ、話せばきさくなことから、すっかりと村の一員として溶け込んでいた。


 今では佐郎太もいい嫁を貰ったと周りからは羨ましげな声が聞こえ、佐郎太は白花を何よりも大切に扱った。

 そんな幸せな日々を送っていたある日の事。佐郎太は村の用事で少々遠くにある町へと行くことになった。


「しばらく留守にするけど、必ず戻ってくる」

「ああ、心待ちにしてるよ。気をつけて行っといで」


 互いに指し示したかのように唇を重ね、微笑み合う。

 毎朝仕事に出かける時に行う、夫婦の朝の行事。村人からすればいつものことであり、うんざりするほど見る光景であった。


 佐郎太を見送った白花は、家事に畑にと精を出し、村人たちとも大層交流を深めていった。

 たまに佐郎太のいない隙を狙って彼女を誘惑する不届き者が現れたが、すべからく白花に適当にあしらわれてしまったのであった。




 それから――八日、九日と時が過ぎていったが、佐郎太は帰ってくる様子はなかった。

 村人は白花に対し、町は遠いからと、用事に時間がかかっているのだと慰めていたが、彼女はただただ微笑み、ありがとうと感謝するだけであった。


「あんた、佐郎太のことが心配じゃないのかい?」


 あまりにもいつもどおりのその姿に、村人は思わずこう聞いたのだが、それを白花は――


「あたしはあの人のこと、信じてますから」


 ――と言うばかりであった。




 それから更に半年の時が過ぎた。

 相変わらず帰らない佐郎太を待ち続ける白花のその健気な様子が村人の同情を引き始めた頃。

 ようやく佐郎太が帰ってきたと村人の一人が言った。


 その言葉に白花はその名前の通り、華やいだ笑顔を見せ、逸る気持ちを抑えながら小走りで村の入口の方へと駆けていった。


 ――ようやく、ようやくあの人に会える。


 待たせすぎだと、小言の一つも言いたくなった白花であったが、それ以上に帰ってきてくれて嬉しい……その想いの方が強かった。


 白花が村の入口付近まで行くと、そこにはなぜか人だかりが出来ていた。

 

 ――不意に、不安な感情が胸中に宿る。


 たかだか人一人が村に帰ってきただけで、村の大多数が集まることなどまず有り得ない。

 締め付けられそうなその胸を抑えながら、人をかき分けてその中を進むと――





 ――そこには確かに佐郎太がいた。

 変わり果てたその姿を、哀れな鬼に晒しながらも……彼は確かに、村へと帰ってきたのだった。

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