第3話 鬼・告白

 一日中森に入っていた佐郎太が村に戻った時、村人たちは大層驚いたそうだ。

 彼らは、佐郎太が他の森に入った村人たちのように、帰ってこないとばかり思っていたからだ。


 しかし驚き、無事を喜ぶ村人の声は、佐郎太には一切届いていなかった。

 彼の頭の中は、白花しらはなのことで頭が一杯だったからだ。


 それからも佐郎太は村人達の忠告を無視し、森の中へと入っていった。

 最初、あの小鈴の力が信用出来るものか迷っていたが、翌日も白花に会えたことで、その疑念もすっかり晴れた。

ある日は酒を、ある日は飯を持っていき……佐郎太は通い妻よろしく毎日のように白花の元へと行った。


「あたしと一緒にいて、楽しいかい?」


 どれだけの時間を共に過ごしたであろうか……毎日欠かさず会いに来る佐郎太に対し、白花はそんな疑問を向けてきた。


「ああ。とても楽しい。ずっと一緒にいたいほどじゃ」


 佐郎太の一にも二にもなく継いだ言葉に、一瞬あ然とした白花であったが、彼のあまりにも真っ直ぐなその視線に、目を離すことができなくなっていたのだ。

 

 ――思えば随分と長い時を共に過ごしたかに思う。


 気づけば、白花の方も佐郎太が気になっていたのだ。

 だからこその問。そしてそれにあまりにもはっきりと答えた佐郎太の男らしさを垣間見る。


「なら……ずっと一緒にいるかい?」


 頬を若干赤らめながら話す白花の言葉を、佐郎太はまるで起こり得るはずのない夢を見ているかのような表情で聞いていた。

 そうなれば……夫婦の契りを結べれば、それはどれほど幸せだろうと夢想するほどだったが、いざそれを現実に突きつけられると、にわかに信じがたいのであった。


「……嫌かい?」


 あまりに長い間放心していたせいか、白花はすっかり意気消沈してしまう。


「嫌じゃない。じゃが、本当におれでいいのか?」

「あんただから、良いんだよ」


 首を振って答えた佐郎太に対し、今度は白花が矢継ぎ早に返答してしまう。

 二人して顔を赤らめうつむいていたが、やがて白花は一つだけ、嫁に行くための条件を出してきた。


「佐郎太、あたしは嘘が嫌いだよ。だからあんたはあたしとずっとそばにいること。それがあんたの妻になる条件だよ」


 子供のするような幼稚な約束……佐郎太はそれに対し、神妙な面持ちで頷いた。

 白花が嘘を嫌うことはこの逢瀬の間で何度も目にしてきたし、彼女と添い遂げたい、という佐郎太の気持ちは変わらなかったからだ。


「なら、俺からも、一ついいか?」

「なんだい?」

「俺はあんたの泣き顔なんぞ、想像できんが見たくもない。だから、どうか泣かないでほしいんじゃ」


 村での話をする佐郎太に対し、時折寂しそうな目を向けていたのを、彼は知っていた。

 だからこそ、佐郎太は白花に泣いてほしくなかったのだ。


「なら、ずっと笑顔でいるよ。お前さまが傍にいてくれるのなら――」


 ――こうして、佐郎太と白花はゆっくりと互いに引き寄せられ、夫婦の契りを交わした。

 後に村に戻った佐郎太が鬼の嫁子を貰ってきたということに村人は大層驚くことになったのであった。

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