第2話 鬼・魅了

 一体何に例えればその美しさは表現できるだろうか?

 月の元に咲く一輪の花――そう、月下美人よりもなお美しく、なお着飾らぬたおやかさがそこにはあった。


 纏っている物は着物を着崩したものであれど、艶やかな黒髪といい、濡れるような瞳、その唇といい……佐郎太は一瞬で彼女のとりことなってしまった。


 ――ああ、確かにかのお方は人食い鬼に違いない。


 佐郎太がそう結論付けるのも無理もない。

 彼自身、彼女のその姿、立ち居振る舞いに身も心も完膚なきまでに骨抜きにされてしまったからだ。


 よもやこのまま喰われるのではないだろうか? ああ、だがそれもまたいい……。


 そんな考えが脳裏によぎった佐郎太だったが、鬼は彼の姿を見つけると大層驚いた様子であった。

 しかしそれも無理からぬ話。鬼である彼女は、このような森の奥深くまでやってきた人の姿をみたことなぞなかったのだ。

 故に、最初は野犬かあやかしの類かと思っていたのだから。


「お、おれは佐郎太言うもんなんじゃが……お前さんは?」


 自身で言葉を発しておいて、我ながら情けない声を上げる、と佐郎太は自身を恥じてしまった。

 あまりにも震えた声がおかしかったのか、鬼のほうは口元に手を添えるように当て、かんらかんらと笑っているようだった。


 あんまり高らかに笑っていたが、佐郎太はそこに一切嫌味を感じず、むしろ純粋さを見出していた。


「すまないな。あんまりにもぬしが一生懸命にあたしに話しかけてくるもんだから……つい、な」


 つい……そのついでこんなにも見目麗しい笑顔が見れるのであれば、なんと安いものであろうか。

 その後、佐郎太はしどろもどろになりながらも、鬼と楽しそうに会話をすることになった。


 鬼の名は白花しらはなと言うらしく、その響きがより一層佐郎太の心を虜にする。

 しかし、その楽しいひとときはあっという間で、白花が別れを告げようとすると、佐郎太は心底残念そうにこうべを垂れてしまう。


 それを見て、彼女はまたかんらかんらと笑い声を響かせたかと思うと、チリン、と鳴る小さな鈴を佐郎太へと手渡した。


「もし、またあたしに会いたかったら、この鈴の音の鳴る方に進んでおいで。そうしたら――必ずもう一度会えるから」


 それだけ言うと、白花はまるで舞うかのようにその広場から消えてしまう。まるでそれが束の間の夢であるかのように。


 残されたのは――ぽつんと寂しそうに佇む佐郎太と、軽やかな鈴音を響かせる、小振りの可愛らしい鈴だけであった。

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