御伽の鬼は涙を流さず

灰色キャット

第1話 鬼・出会

 まだ鬼や妖怪がいるとされていた時代の話――。

 とある村では、近隣の森に人食いの鬼の集落があると言われていた。

 村人曰く、森に入って帰ってこなかった者は皆、鬼に喰われていたのだと。


 ただ、佐郎太という若者だけはそれを信じなかったという。


 ――バカバカしい、近くに人食い鬼がいるとして、なぜこの村は襲われない?


 鬼の力を持ってすれば、非力な人なんぞあっと言う間にあの世行きにされてしまうだろう、と。

 佐郎太の語る言葉は確かに事実だろう。悪鬼をなんとか出来るほど、この村には退治屋も武士もいないはずなのに森に入った者以外はまず被害に遭ってはいない。

 だからこそ、藩主の方も対応することはなかった。


 結局その森には近寄らない――村ではそういう掟が作られることになった。

 最も、佐郎太はそれを全く無視して森で様々な恵みを採っていたのだが。






 森に佐郎太しか入らなくなってから、どれだけの時が過ぎただろうか?

 最初は村人達もやめろと止めてはいたのだが、何を言っても聞かない佐郎太のことを、村人たちはすでに諦めていた。

 故に、今日も今日とて佐郎太は森に潜り、その恵みを享受していた……。


 しかしあまりにも夢中になりすぎていたせいか、ついつい奥の方にまで入り込んでしまったのだ。

 日もとっぷりと暮れ、魑魅魍魎ちみもうりょうの現れそうな逢魔ヶ時おうまがどきの様相を呈していた。


 いくら人食い鬼はいないと豪語していても、森に入った人が帰ってこなかったのは事実なのだ。

 もしかしたら野犬がいるのかも知れない。もしこんな視界の悪い時にそんなものに出会ってしまえば、ひとたまりもないだろう。


 知らず知らず早足になる佐郎太だったが、ここまで奥の方に来たことはなかった。

 結果、それが災いし、図らずも更に森の奥深くに行くことになってしまった。


 中々村に帰ることが出来ず、焦りばかりが募ってきた佐郎太がたどり着いたのは、森の奥でも開けた場所だった。

 いつの間にか出ていた月がその広場を照らし出していて――そこで佐郎太は人影があることに気付いた。


 ――こんな森の奥深くに自分以外の人がいるわけがない。なぜなら、村人は怖がってこの森に入りたがらないからだ。


 それなのに人がいる。この事実に佐郎太はふと人食い鬼の話を思い出し、恐怖した。

 幸いにも気付いていない様子だし、今からゆっくりと引き返せばなんとかなるのでは――?


 そんな甘い結論をした佐郎太が行動に移ろうとすると――。


「そこに、誰かいるのかい?」


 声をかけられてしまった。

 これではもう逃げることは出来ない。それをした瞬間、後ろからぱっくりと喰われてしまいかねないからだ。


 ――こうなれば、覚悟を決めて出ていく他ない。


 そう結論づけた佐郎太は、意を決して広場の方に自ら躍り出た。

 せめて、自身を喰らう鬼の姿をその目にしかと焼き付けてやろうと、その声の主にまっすぐ視線を合わせると――



 ――そこにいたのはなんとも形容し難き美しさを持つ、女の鬼の姿であった。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る