八角さんの恋

第5話 八角さんの恋 前編

 技術課の八角さんは、どうも恋をしているらしい。


 何も無ければエヴァンゼリンも仲間の恋愛を応援するのだが、八角さんはエヴァンゼリンの指導係で、やたら彼女が作業員になる事についていろいろ言っていた為、なんとなく応援したくはない。


 だが、恋愛話は女子として見逃せない。


 八角さんは仲がいい人としか話をしないので、そちらから話を聞いてみる。


 設計部の後藤さんだ。

 技術課に来るたびに「よっ」と八角さんに挨拶している。そして、

「あの子どうなった?」

 とからかっていく。

 珍しく八角さんが笑顔になるので、見ていてエヴァンゼリンは(うわぁ)と引くのである。


 だが、ここで相手がわかれば八角さんの弱みを握れる。


 エヴァンゼリンは男子ウケの良い泉田はるかを、投入する事にした。設計部は総務課と同じ部屋で、一階下の窓口で働くはるかは書類の受け渡しに総務へ行くことが多く、設計部と総務部で使う給湯室へ立ち寄るのは自然である。


 そしてはるかは見事に八角さんの相手を突き止めて来た。


 実は後藤さんと話しながら一階に降りてきた際(この時は世間話であったという)、社内一階に間借りしている下請け会社エクサの前で八角さんとある女性が楽しげに立ち話をしていたのだ!


 後藤さんがすれ違う際に八角さんに軽い体当たりをイタズラっぽくしていったから、はるかは間違いないとふんだのだ。


「なるほど、ある意味社内恋愛ではないわね」

「でもあの相手の人、ちょっと歳上よね」

「へえ。何才くらい?」

「35,6かなぁ」


 八角さんが33才だからまぁバランスは悪くない。女性が歳上でも今時珍しくない。


「キリさんって呼ばれてる人だよ」

「あれ、その人ってバツイチの…」

「そうそう、総務の峯田さんと仲が良くて、そんな話聞いたことある」


 峯田さんは総務の中堅の女性社員で、物品管理をしている。

 せまい社内だ。

 いろいろ聞こえてくる時もある。


「キリさんね〜〜」


 エヴァンゼリンはどういう風に八角さんをいじろうかと思案し始めた。

(悪趣味だね)


 そういう悪意は顔に出るもので、エヴァンゼリンがどこかしら含みのある表情で八角さんの方を見ていると、ひょいと机から顔を上げた八角さんと目が合った。(うぁ、ヤバイ)


 慌ててレポート台紙を持ち上げて仕事しているフリをする。

「オイ、そこの」

(なんでしょうか?私は仕事中ですよ)

「ウベ、お前だ」


 名指しで言われる呼ばれて、エヴァンゼリンは仕方なくレポート台紙を下げた。

「何ですか?」

 思いっきりとぼける。

「なんか用か?こっち見てたろ」

「見てません」

 その返事にカチンときたのか、八角さんご立ち上がる。

「見てたろ」

「見てませんって」

 エヴァンゼリンも立ち上がる。


「なんだやんのか?」

「なんすか?立っただけですケド」


 なんでこうなったのかは置いといて、席が間のアキヒコさんが縮こまる。

 180センチ(女子)VS 183センチ(33才独身)だ。

 あたりは空間が捻れ曲がる様相を見せてきた。


 アキヒコさんの目にはドス黒く渦巻く『気』が見える。


 そもそも相性が良くない2人だ。

 女に生まれたのは自分のせいじゃないのにそれを否定され続けてきたのだから、エヴァンゼリンの方もつい反抗的になる。


 メンチ合戦になりかけた時、エヴァンゼリンの方がすっと身を引いた。

 八角さんのタバコ臭にふと思いついたことがあって、引く姿勢を見せたのだ。

「…?」

 肩すかしを喰わされた八角さんの方は首を傾げながらも、元の席に着く。


 そこへ、エヴァンゼリンが一言。


「キリさん、煙草嫌いだって言ってたなぁ〜」


 八角さんが固まった。


 つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る