第7話 八角さんの恋 後編

 エクサの中で社員の異動と契約社員の契約打ち切りが決まった。


 その中にキリさんの名前(桐原智子)があった。


 契約の打ち切りの方だった。


 まもなくこの社屋からいなくなってしまう。

「八角さん、どうすんのかな?」

 はるかに聞くともなしに聞いてみる。

「うーん、こればっかりはね、お手伝いできないわよね」

(お手伝いするほど仲良くないしね)


 ただ、あの男、こういう時はヘタレな気がする。


 エヴァンゼリンの思った通り、何事も無いまま日にちだけ過ぎていった。


 そしてとうとう、キリさんがエクサを去る日が来てしまった。


 挨拶回りにキリさんとその他異動するエクサ社員が数人、技術課にもやって来た。


 課長の席の前で並んで挨拶する。終われば後は退室するだけだ。

 簡単な挨拶を交わして部屋を出て行く。


 エヴァンゼリンがちらっと八角さんの方を見ると、姿勢悪く椅子にかけて俯いている。


 机の前をエクサの社員が通っていく。

(なんで私の方が、緊張しなきゃならないの!?)

 皆が会釈を返す中、八角さんは微動だにしない。

 キリさんは少し微笑んで会釈して行ったが、八角さんは目を合わせようとはしなかった。


 皆がなんとなく八角さんを見ている。

 けど、八角さんは黙ったままだった。


 エヴァンゼリンがいきなり立ち上がった。

「八角さん、いいんですか?今日でみんな居なくなっちゃいますよ」


「……」


「何のために禁煙したんですか?」


「…体に悪いからだよ」


「それだけじゃないでしょう?」


 八角さんはジロリとエヴァンゼリンを見上げると、


「うるせぇ、お前に何がわかるってんだ」


「わかんないけど、知ってますよ。アキヒコさん手伝って!」


「えっ?」


 エヴァンゼリンはアキヒコさんを巻き込むと2人して嫌がる八角さんを抱えて部屋を出た。


「よせ、離せ、なんなんだお前らっ」

「キリさん!」

 八角さんの言葉を無視してエヴァンゼリンはキリさんを呼び止めた。

 キリさんは振り返って驚いている。


「ほら、行って!」

(言って!)


 持ち前の馬鹿力で八角さんを押しやる。八角さんはエヴァンゼリンとアキヒコさんを睨みながら、キリさんの方へ歩いて行った。



「で、結局、告らなかったと?」

「お別れの挨拶だけだったそうで」

 八角さんにゲンコツをくらったエヴァンゼリンとアキヒコさんは顛末だけは聞いていた。


「ヘタレですね」

「そうかなぁ。八角さん、ああ見えて照れ屋なんだよ。わかるなぁ」

 アキヒコさんはうんうんとうなずいている。

(要は2人とも奥手なんだな)


 と、2人が丁度喫煙室の前を通ると中に八角さんが1人いた。


 エヴァンゼリンが声をかける。


「煙草、やめたんじゃないんですか?」


 八角さんは口元から煙草を離すと、


「我慢するのは体に悪いからな」


 とうそぶいた。



 八角さんの恋・完


 つづく


 この作品はフィクションです。

 実際の団体及び人物と一切関わりありません。似ていても非なるものです。


 また、喫煙シーンがありますが、喫煙を推奨するものではありません。




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