第9話 電力ガールのお仕事・中編
火災の緊急連絡が入って、課内が慌ただしくなる。
エヴァンゼリンの胸に去来するのは自分が配属された数年前の春の事である。
内定は随分前に出ていて、のんびりと配属先を言われるのを待っていたのだが、その矢先、あの大震災が起こったのである。
幸い内陸部にいたため、自宅は被害が少なかったが、それでも電気のない生活は3日は続いた。
マンション暮らしだったので、エレベーターは使えない。水も出ない。(ガスも復旧しないので火も使えない。)
そして携帯の充電も切れて情報も入らなくなる。そもそも繋がらないのだがワンセグテレビを見ていたのだ。(その後は手動電源のラジオを使っていた)
それでも混乱を乗り越え、3月の終わり近くに訓練所に呼ばれる。人手が足りないための措置であると言う。
訓練所では初めは好奇の目にさらされた。エヴァンゼリンのような高身長女子はいないのだ。しかしそれも彼女の男前な性格のせいか、次第に皆と打ち解けていく。何より震災という同じ経験をしてきたもの同士の繋がりができていた。
「なんでミドルネームがトールなんだよ?」
同期の沓掛君の質問だ。
「ふふふ。パパがね、あの雷神トールからとったのヨ」
「まじか!」
「ホントはねうちのパパはトールとトオルって名前が音が似ていてそれでつけたんだって。いわば私の日本名ね」
「男の名前じゃないか」
これは同じく同期の大平君のツッコミだ。
「その頃のパパは男の名前だと思わなかったって。ママはドイツ語の何かだと思ったらしいよ」
「それでこの仕事についたんならすげぇな」
「ちょっとそれはあるかな。子供の頃から興味はあったから」
そして4月の入社。
しかし4月の初めに2回目の地震が来る。2度目の大規模停電であった。
新人のエヴァンゼリンは何も分からない。けれども必死で役に立とうとした。3月のあの辛さを知っているから、1日でも早い電力復旧を願ったのだ。
先輩達が必死で直した電柱が二度目の大地震で傾いている。(電柱の傾きは電線のたるみや反対に線切れを招く)
アスファルトを破って倒れた物もあった。
立ち直りかけた時の2度目の地震。
それでも先輩達はめげずに直しに行く。エヴァンゼリンはその背中を見て誇らしく思ったものだ。
彼女もまた駆け回った。
電柱の上のトランスが倒れているのを直すのだ。(電柱の上のバケツみたいなやつだ。今はハンガ化されていて、多少の揺れでは倒れない)
その時それが出来ただけでも良かったと思っている。
後はひたすら設計業務をした。電柱に合わせた電線に支持線を張るのだ。
(これは電線ご切れた時に地面に落ちないようにするものだ。いかに震災時に切れた電線が危険だったのかわかる)
それから……
高い機会音が鳴って、エヴァンゼリンはその音にハッとする。
火事の続報が入ったらしい。
つづく
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