紅につづく道の果て<余>
「おおきくなるの、どうしたらいい?」
腰を下ろした矢先に問われ、助六は眉を寄せた。
部屋の主であるところの佐田彦は不在で、中にいるのは小さな童のみ。火鉢の傍にある座布団の上には、灰色の毛並をした獣が一匹横たわっている。
寝ているのかと思えば、そうではないことが気配から察せられる。おそらくは、この童にいらぬ干渉をされたくがないがゆえ、狸寝入りというところだろう。
こちらへ赴く前に表を覗いたところ、団子屋は繁盛しているようで、助六も見知っている娘がひとり、客の相手をしている姿があった。
佐田彦も不在であるとは思わなかったが、ならば余計に童一人を置いておくのも問題があろう。
そう思って土間をあがり、畳の上に腰を下ろしたところで、かけられたのが先の言葉だ。
まったく唐突で脈絡もなく、しかし童とはそのようなものだろう。
助六は大きな背を縮めると、童――紅丸に顔を寄せると、問い返した。
「大きく、とは、何をだ?」
「ぼくのおしごとなの」
「仕事?」
紅丸は小豆洗いである。
となれば、彼の仕事は小豆を洗うことであろう。それを大きくとは、一体何のことなのか。
しかし、身体に合わない物を使ったところで効率が悪かろう。重量のこともある。小さな手で扱いにく物を渡してよいものか。
しかし、そのような無理を強いることも考えにくい。
他人を――己以外の者を寄せ付けない佐田彦が、この長屋に住まうようになってからは、まるで人が変わったような態度を見せている。この紅丸のことも気にかけているようであるし、いくら神格を上げるためとはいえ、小さな童に難題を押し付けるようなことはするまい。
そう結論づけた助六は、紅丸へ詳細を問うてみることにした。
「いとがね、いったの」
「ほう。して、娘はなんといったのだ?」
「ぼくのおしごと、なにしたらいいかきいたの。そうしたらね、こどもはおおきくなるのがおしごとよっていったの」
「そうか」
「すけろくはおおきいの」
「なるほど。それで、この俺に大きくなる方策を訊きたいということか」
「おおきくなるの、どうしたらいいの?」
こちらを見上げる紅丸の姿に、助六は忍び笑いを漏らした。
あの娘はたいしたものだ。あやかしを相手にしても怯まぬどころか、そもそもあやかしを人外とは見なしておらぬらしい。よほど姿が異なるモノであれば話は違うのであろうが、紅丸なぞはもとは人の子であるせいか、ただの童と大差ない
なるほど。たしかに子供が第一になすべきは成長であろう。
紅丸は妖怪としての格も低く、情緒も育ちきってはいない。この童に必要なことは、神気を溜めることではない。心を育てることだ。
――意識してやっていることではないのだろうが、まことたいした娘だな。
もう一度笑みを漏らして、助六は紅丸へ向けて口を開いた。
「そうだな。まあ、俺のような身の丈になるのは無理だろうが、かといって諦めるものではないぞ」
「なにする?」
「きちんと飯を喰らえ。好き嫌いなぞぬかすでないぞ。すべておまえのためのものだからな」
「ぼくのため?」
「俺はたらふく喰った。なんでも喰った。そうしたら、こうなった」
にかりと笑ってみせると、紅丸もまた笑みを浮かべる。以前よりもずっと感情が表に出るようになったらしい。
「いとのごはん、おいしい」
「そうか。ならば喰うことだな。しかし喰うばかりではならんぞ。そこの獣のように、寝てばかりおっては牛になる」
「うし?」
「誰が牛か!」
そこで急に起き上がり、二股の尾を立てて雷獣が叫んだ。
やはり、寝入ってはいなかったらしい。
「そう、うしじゃないよ。にゃーだよ」
「それも違うのである!」
毛を逆立てる白旺に紅丸が手を伸ばすと、その手を振り払って助六の傍へと寄った。
「仲良くやっておるではないか」
「心外なのである。仕方なく相手をしてやっておるまで。絲も佐田彦もおらぬのだから、仕方がなかろう」
ふんと息を吐くと、ピンと伸びたヒゲが揺れる。不機嫌そうではあるものの、紅丸を一人部屋に残してどこかへ行くわけでもないのだ。これはこれで素直ではないが、警戒心に欠ける紅丸と合わせれば、悪くない組み合わせだろう。
友は必要だ。
出会ったばかりの頃、今の白旺よりもずっと不機嫌そうで、嫌悪感に溢れていた佐田彦を思い出し、それよりはずっとマシだと考える。
「雷獣よ」
「なんだ、入道」
「おまえも大きくなれ」
「い、言われるまでもないのであるっ。俺様とてもっと研鑽を積み、位をあげ、そうして今よりももっと大きな気を宿して、変化するのであるぞ!」
普段の雷獣は今の大きさであるが、彼らはその気になれば、助六よりもまだ大きな丈に変じることも可能なあやかしだ。
「にゃーもおおきくなるの?」
「小豆丸なぞすぐに追い抜いてやろう」
「ぼくもおおきくなるもん」
競争相手がいるのも良いことだ。
助六は独りごちると、懐から札を取り出す。
まずはこの負けん気の強い雷獣に、己の持っている術でも教えこんでおこう。
それはきっと、佐田彦の役にも立つことであろう。
それから数刻、絲が紅丸の様子を見にやってくるまでの間、助六による妖術講座は続き、三体のあやかしは、揃って団子を大量に消費したのである。
神さまの奉公人 彩瀬あいり @ayase24
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