桜が散る頃(回想)

一年前の春


 桜がポツポツ咲き始めたと思えば、その夜には大雨で散って行った。


 春になり暖かい日差しが心地良いと感じれば、次の日には寒い冬に逆戻りしてしまった。

 

 そんな春の慌ただしい日々を病室の窓から眺めながら、僕はまた、寿命が尽きるのを刻一刻と感じ取っていた。



 

「…お兄ちゃん!お兄ちゃん!お兄ちゃ〜ん!」


「うん?」


「も〜、お兄ちゃんまた寂しい顔して、ダメだよ!お兄ちゃんはまだ生きて、悠芽ユメとずっーと一緒にいるんだからね!」


「ふふ、夢は相変わらず優しいね。でも、大丈夫だよ。お兄ちゃんは、悠芽の花嫁姿を見るまでは頑張るから」


僕はそう言って、可愛い妹の淡い栗色のサラサラの頭を優しく撫でてあげた。


「うふふふっ、うふふふっ、お兄ちゃんくすぐったいよ!」


「悠芽の髪はいつもサラサラだな」


「ふふ、お兄ちゃんのゆるふわな黒髪も、私の髪を触るお兄ちゃん手も、夢は大好きだよ…ねぇ、お兄ちゃん?早く病気治して、二人共しわっくちゃのおじいさんおばあさんに成るまで、ずっと一緒に居うようね…約束、だよ」


そう言いながら、悠芽が僕の顔を笑顔で覗いた瞬間、僕は一瞬手を止めてしまった。そして、涙が出てきそうになってしまったが、窓の外の青空を見てグッと堪えた。


「そうだね。僕も…悠芽とずっと居たいよ」



 それから何分経ったんだろう?そんなに経っていないと思う。病室のドアがまた開き、悠芽の幼馴染の由紀弥君が入って来た。


「失礼します。お兄さん、体調はどうですか?」


「うん、今日はとても良いよ。そうだ悠芽、桜を見ていたら、僕なんだか和菓子が食べたくなっちゃった。七色堂で素敵な和菓子を買ってきてくれないかい?」


「えっ?うん、良いよ。お兄ちゃんが好きそうな物沢山買ってくるね」


「ふふ、少しで良いよ。僕はそんなに食べれないし、悠芽もバイトのお金を僕の為に無駄遣いしちゃ駄目だよ」


「良いよ!お兄ちゃんが笑顔ならそれでいいよ!じゃ、ユキ、お兄ちゃんのこと宜しくね」


「あっ、ああ…」


そう言って悠芽は、僕と由紀弥君を病室に残して、急いで七色堂に行ってしまった。

 悠芽に僕の事を任された由紀弥君は、僕の顔をチラッと見ると、ため息を一回して、ベットの横の椅子に静かに座った。


「それで、悠芽を往復40分もかかる場所に行かせてまで、僕に何の用ですか?」


何とも言えないような顔をしながら、僕の目を真っ直ぐに見る彼の純粋な目は、僕には眩しかった。いや、少し…彼らが羨ましかったのかもしれない。

 僕はそれに耐えかねて、彼の目から逃れるように、もう一回、散りゆく桜を見た。その姿を自分と重ねながら



「ねぇ、由紀弥君?桜は、綺麗だね。一瞬満開の花を咲かせて、すぐ散ってしまうのに、僕達の心の中で永遠に咲き誇る。僕は…うん、僕も、そんな風にこの命を燃やしたい。だから、後の事は任せたよ」



 その数日後、僕は桜の木が青葉で埋め尽くされるのと同時に、この世に別れを告げた。






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