私の証
数日後、お兄ちゃんがまた家に泊まりに来た。
その日、私はリビングでくつろいでいた兄に、いま学校で噂になっている話をした。
「お兄ちゃん、ユキから聞いた?最近ね。この地域近辺で猫や鳥の変死体が頻発に出てるんだって、怖いよね…」
「…うん、そうだね」
「お兄ちゃんも気をつけてね」
「えっ?何を?」
「だから、お兄ちゃんが見つかって、無理やり犯人に仕立て上げられないようにだよ?お兄ちゃん大丈夫?」
「あっ、うん、大丈夫だよ。まったく、悠芽は心配性だな」
「お兄ちゃんもでしょ!」
そんな風に、兄妹二人だけで他愛ない話をして、その日は寝た。
―深夜2時
バタッ…ガサッ、ゴソッ、ガサッ、…
そんな変な音が一階から聴こえてきて目覚めた私は、恐る恐る、一階に下りた。
暗い家の中で、キッチンの方から音が聞こえてきたので、私は急いで電気をつけると、一旦ドアの影になりを潜めて中を伺った。
冷蔵庫のドアが少し開いていた。しかし、人影のようなものはなく、私は鼠が悪さでもしていたのだろうと思い、取り敢えず冷蔵庫のドアを閉めて寝る事にした。
だが、キッチンの内側が見えてきた時、私は足を止めた。
そこには、床でパックの生肉をむさぼる兄の姿。そして私に気づいたその目は、私の知っているお兄ちゃんの目とは程遠く、まるで化け物のようだった。
私は、襲いかかってきたお兄ちゃんから逃げて、急いで自室の鍵を閉めた。
そして一安心して肩を音していると
バン…ッ!バンバンバンバン…
兄がドアを必死に叩いている音がした。そしてそれは、だんだんドアを引っ掻く音に成っていく
「おっ、お兄…ちゃん、お兄ちゃん…」
私は恐怖でパニックになり、いつの間にか窓の近くまで下がっていた。そして…
コン、コンコン…
背後から聴こえて来た誰かが窓を叩く音に、ビクンッと反応してしまった。そして後ろを見ると、そこには心配そうにこちらを覗くユキの姿があった。
私は、思わず窓をガッと開けるとユキの胸に飛びついた
「ユキ…っ、ユキ、ユキ、どうしよう…お兄ちゃんが…っ」
「お兄さんが……なる程、状況は理解したよ。悪いが、僕は一旦家に戻る。何かあったら僕の部屋に」
「うん…っ」
ユキは部屋に戻るのを一度躊躇したが、急いで家に戻って行った。
ユキと分かれてドアの方を見ると、先程までの音が消え、変わりにお兄ちゃんのすすり泣く声が聞こえた気がした。
私はまだ怖かったが、ゆっくりドアに近づき、耳を傾てみた。
「…っ、…めん…め…ご…」
「ねぇ…お兄、ちゃんなの?」
「…悠芽…めん」
「えっ…?何?お兄ちゃん今なっていったの?」
私はドアを勇気を出して開けてみた。そして、そこにはドアの前で蹲っているいつもの兄の姿があった。
「ごめん、悠芽…君にこんな姿、見ぜたくながった…!」
私は顔を上げた兄の泣き顔を見て、恐怖なんて忘れて心のままに抱きついた。
「…悠芽?」
「お兄ちゃん、私、お兄ちゃんがどんな姿でも、大好きだよ」
「悠芽…やはり僕は、生きていてはいけないんだ。だから…」
「…っ、そんな事…そんな事ない!お兄ちゃんは、生きていていいんだよ。私は、お兄ちゃんとずっといたい!例え怪物になっちゃっても…ずっといたい!」
「…悠芽、ごめんね。やはり、君とずっといる事は出来ないよ。だって、僕はいつか大切な君を傷つけてしまうかもしれない。君の大切なものを壊してしまうかもしれない。だから、君の側にいてはいけないんだ」
「…っ、そんなの…どうでも良いよ。だって私にとっての一番は、お兄ちゃんだもの…」
泣いてくしゃくしゃになった顔に、ふわりとお兄ちゃんの手が触れた。その手は、冷たかった。だけど、兄の顔を見上げたときに見た涙で潤んだ兄の目は、とても綺麗で、つい引き込まれた。
「悠芽、ありがとう。だけど、もう君に兄は必要ないよ。君は強い、だから、僕の分まで…幸せになってね」
カチッ…
そう、私に笑顔で言った兄は、眩しいくらい幸せそうな顔で自ら生命維持装置を外して、行ってしまった…
その日、気づけば私は、もう動かない兄の体を包み込みながら泣いていた。
戻って来たユキが、私を優しく抱きしめてくれた。温かかった。
その日、私は初めて号泣した。朝まで枯れる事なかった涙は、私が兄の死を受け入れた証となった。
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