「楽しみたい」

 雨のために白く曇った窓ガラスを見ながら電車に乗って、自分のアパートに向かった。

 トロピカルドリンクの原液を買ってあることを彼女に伝えた上で、前回と同じ私鉄の高架下にある小さいスーパーマーケットに寄って、乾き物の肴とお菓子を買ってから部屋に入った。

 そして、前回と同じ手前の部屋の、前回と同じ場所に座布団を敷いて彼女を座らせた。

 そして、今日はテレビを点けないで、奥の部屋に置いてあるダブルカセットデッキの再生ボタンを押した。

 今日のために考えに考え抜いて編集しなおしたプログラムは次の通り。


01 「The Sound of Philadelphia」 The Three Degrees

02 「When will I see you again」 The Three Degrees

03 「I Can't Help Myself」 The four tops

04 「What's Going on」 Marvin Gaye

05 「When a Man Loves a Woman」 Percy Sledge

06 「If You Don't Know Me By Now」 Harold Melvin & The Blue Notes

07 「Stand By Me」 Ben E. King

08 「Just The Two Of Us」 Grover Washington Jr.

09 「What You Won’t Do For Love」 Bobby Coldwell

10 「Living Inside Myself」 Gino Vannelli

11 「Nothing’s Gonna Change My Love For You」 Glenn Medeiros

12 「The Lady Wants To Know」 Michael Franks

13 「Everytime You Go Away」 Paul Young

14 「Hard Habit To Break」 Chicago

15 「The Best Of Me」 David Foster

16 「Know You By Heart」 Dave Koz

17 「La La Means I Love You」 Delfonics

18 「You Make Me Feel Brand New」 The Stylistics


 のっけからムーディーはうまくないと思ったので、1曲目をスリーディグリーズのソウルトレインのテーマにしたのだけど、曲が始まると「あ、この曲知ってる!」と彼女がそう言ったものだから、その声を背中で聞きながら自分は “やった!” と心の中で小躍りした。

 顔では平静を装いながら、手前の部屋の小さい冷蔵庫を開けてあらかじめ冷やしておいたトロピカルドリンクとグラスをテーブルに置いた。モノポリーを買わなくても済んだお金で「マルガリータ」と「ソルティドッグ」の2本のトロピカルドリンクを自分は買っておいたけれど、彼女はソルティドッグを選んだので、グラスに氷を入れてスプライトで割って、コルクのコースターに乗せた。


 ひとしきり、お酒の味とか乾き物の肴の評をした後に、いよいよ、モノポリーのボードをテーブルに広げた。

 チャンスカードや共同基金のカードをきりながら簡単にゲームの進め方を説明して、決められたお金を配って、お互いに駒を選んでからゲームを始めた。

 本当であれば、停まったマスの土地の権利は誰が買っても自由なのだけれど、それでは同色の土地を独占しづらくてゲームが長引くため、ローカルルールとして、誰かが買った同色グループの土地には対戦相手は権利を買うことができないことにして進めた。

 

 しかし、彼女はサイコロに導かれて停まるマス停まるマスで何の意図もなくバラバラに権利を買っていった。自分の予想とは真逆の、まさに、センスのないゲーム運びだった。

 何度か、ゲームの進行を止めて、根気強く周回しながら同色グループの権利を買って独占することを勧めたのだけど、「うん、わかった」という返事とは裏腹にバラバラ買いを繰り返し、ゲーム開始から40分ほどで、彼女の手持ちの金はゼロになってゲームは終了した。


 これは、本当にまさかの展開だった。

 ソルティドッグのスプライト割りも、グラスの半分ほどで汗をかいたまま停まっていたし、特別プログラムのカセットテープも11曲目が終わったところだった。

「面白かった?」と尋ねることもさすがにはばかり、「どうする?マルガリータ飲む?」と聞くのが精いっぱいだった。答えはもちろん「ううん、まだ残ってるからいい」だった。


 水道管ゲームのことはアパートに向かう道すがら紹介しておいたけれど、自分から「じゃ、やる?」と言い出す雰囲気じゃない感じがしたし、彼女の方も言い出さなかったので、しばらくは、開けたお菓子の残りを見つめながらこの後の展開をどうすればよいのか考えるとはなしに考えるしかなかった。




「ね、タツヤ君」と彼女がそう言った。


「ん? 俺はタツヤじゃないけど」


「あ…」


 この会話ですべてが決まった。



 ソルティドッグは無くなり、マルガリータのスプライト割りも、氷のストックがなくなるほどにお代わりをしながら、振られてもまだ好きでい続けるタツヤという男の攻略の仕方を自分は考えては彼女に提案していった。

 


 スリーディグリーズのソウルトレインのテーマも、もう何回目だっけか…

 左耳だけが特別プログラムの曲を追っていた。




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「現実にしたい」~若かりし頃の性急で滑稽な妄想と、その所以~ 橙 suzukake @daidai1112

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