「見つめていたい」

 彼女と会う日が決まった。

 この日は、丸ノ内線新宿御苑駅近くの喫茶店で待ち合わせてから、御苑内を散策して、それから、自分の部屋に誘って、兼ねてから計画していたモノポリーをやるつもりだ。正確に言うと、モノポリーと水道管ゲームもやる計画だ。

 というのは、モノポリーをどこの玩具店で買えばいいか友達に相談したところ、その友達がどうせならってことで、水道管ゲームと一緒に自分に貸してくれたからだ。やはり、持つべきものは友である。


「そんなに彼女は、ゲームマスターなのかい?」と、その友はいぶかしげに言った。


「いや、わからんけど、彼女の普段の立ち振る舞いから言っても、頭良さそうだし、きっと、俺なんてコテンパンだよ」と自分は返した。


 

 御苑の散策なんて、モノポリーのぐらいにしか考えていなかったせいか、当日は雨降りになった。雨の時のことをちっとも考えていなかった自分は、待ち合わせ場所の喫茶店でコーヒーを飲みながら思案したけど、ちっともいい考えが浮かばなかった。

 

 間もなくして、彼女が傘を畳みながら自分の席に向かって歩いてきた。


「雨降りになっちゃったね」と、自分は当たり前のことを彼女に言ってしまった。


「そうね。でも、これで若葉がきっと映えるわ」と、彼女が言ったものだから、自分は自分の趣の浅はかさを少し悔い、そして、その彼女の一言が、脳内の砂漠を隅々まで満たしていく幸福感を味わっていた。


 自分らは、それぞれコーヒーを飲み、喫茶店を後にして御苑の新宿門から園内に入った。

 今日が平日の午後だからか、雨のせいなのか、入園している人も多くなさそうだった。一番外側の遊歩道を歩き、雨宿りついでに大温室に入った。少ないはずの入園者の、それでも多くの人たちが自分らと同じことを考えて大温室に居たものだから、花木の名前の確認もそこそこにして、再び外に出た。


「ここから少し遠いんだけど、行きたいところがあるの。いい?」と、彼女は言った。


 反対する理由も、他に行きたい場所もなかったので自分は彼女の提案に賛成して傘を再び開いて歩き始めた。自分だって、御苑には過去に一度だけしか訪れたことがないから、園内に何があるのかほとんど知らなかったし、しかも、その時は、当時、まだ足腰がしっかりしていたお袋と同伴だった。


 だいぶ歩くと池と茶室があり、その向かいに東屋があった。


「ここよ。椅子に座りましょう」と彼女は、自分の前をすたすたと歩いて屋根の下で傘を畳んだ。


「ここが、君の来たかった場所なの?」


 何の変哲もない東屋の天井を見渡しながら自分はそう言った。


「ええ、そうなの。私の大好きな場所」と、彼女は何の変哲もないベンチのような木の椅子を見つめながらそう言った。


「此処に、何か思い出があるとか…?」そう自分が言ってから、また、少し後悔した。思い出がいつもバラ色であるとは限らないのだ。


「ううん、そうじゃなくて、私の好きな映画に出てくる場所なの」と彼女が言ったので少しほっとした。


 その映画は、アニメの短編映画で、15歳の少年と27歳の女性が雨の日だけの約束のない逢瀬をした場所なのだそうだ。彼女から話を聞いても、15歳の少年と27歳の女性の逢瀬のイメージは自分にはうまくできなかった。

 まだその映画を観ていない自分に気遣ってか、彼女は肝心なストーリーや結末は除いて、東屋で偶然出会った二人のうち、少年の方は靴のデザイン画をノートに描き、女性は御苑で禁止されているビールを飲んでいたことや、そこから始まるストーリーの初めだけを自分に語った。その話を語っている彼女の顔は、さらに美しく見えた。

 自分はと言えば「インディージョーンズ」やら「ロッキー」といった誰でも観るような映画は時々観るけれど、アニメーションの映画なんて観たこともなかったし、観ても、きっと彼女のような聡明な表情をすることはまずないだろう、と思った。


「靴は描かないけれど、今日は、部屋にボードゲームを用意したんだよ」


 自分は、それでも15歳の少年が恋してるかのような面持ちでそう言ってみた。


「ボードゲーム?何?それ。私にできるかしら…」と彼女がそう言うものだから、「大丈夫、そう難しくないルールだし、コツを俺が教えてあげるから」と自分がそう言うと、「わかった。じゃあ、千駄ヶ谷門が近くだから、そこから出て駅に行きましょう」と彼女は明るい表情で、そう言って東屋のベンチから腰を上げた。





「Rain」秦 基博

https://www.youtube.com/watch?v=ps27-2IM3Bw


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