冒頭が素晴らしい。
個人的に、所謂、ださいおじさんなので、理解不可能なファッション・ブランド名が羅列される出だしには圧倒された。無論、読者のおおくは田中康夫の『なんとなく、クリスタル』を髣髴するだろう。小説の半分を、これらの用語の註釈にすれば、まさに、現代版『~クリスタル』である。それはそれで、見事な現代風俗小説となっただろう。
といえども、専門用語の狂瀾怒濤は最初だけで、本作は、主人公の妄想へと自然に移行し、たんなる田中文學の模倣ではなくなってゆく。面白いのは此処からだ。やや、マニアックなはなしになるが、本作は基本的に、ジュネットのナラトロジーにおける『前置的』描写からなりたっている。現在に存在する語り手が、未来の出来事を描写するのである(興味のあるかたは、Wikipediaでナラトロジーか物語論と検索してください)。非常にめずらしい技法で、個人的におもいつくかぎりでは『ヨハネの黙示録』や『争いの樹の下で』くらいしか枚挙できない。おなじ書き手として、勉強になった。
冒頭の風俗描写といい、稀有なる物語技法といい、内容は勿論のこと、何処までもお洒落な短篇だ。著者の長篇は讀んだことはないが、それなりの分量になれば『文藝』にでも掲載されていそうな作風でした。