第4話
流水でサッと洗ったグラスホッパーのカゴをデイヴィッドから受け取ると、インストラクターは水を切って概ね一食分ずつの真空パックに詰め、瞬間冷凍器に通した。これで、向こう一週間は新鮮な風味の有形食が確保できたというわけだ。帰り際、トレイシーがポケットからカードを取り出し、カウンターで売っていたステーキ用のアースワームを求めた。
「さっきのお礼。お土産にどうぞ!」
「お、気が利くじゃない。悪いね、今夜の我が家はご馳走だな」
「あたしも一緒に、食べるのよ」
「え、ウチで?」
「そう、よ。お邪魔だった?」
「いや、そんなことないし。うん……そうだな。それならもっと旨いな!」
今日はトレイシーを誘ってよかった。デイヴィッドは心地の良い居心地の悪さの中、心臓が倍にも思える速さで鼓動しているのを感じていた。この嬉しさを顔に出すべきなのか、いや、そうすると、妙なことを妄想しているとトレイシーに思われてしまうかもしれない。せっかくの楽しい夕食を台無しにしてしまうわけにもいかないし……。
「なあに?」
「あ、いや、え……と。ワインが、ないな」
「じゃ、あたし、持ってくよ。安物しかストックしてないけど」
つい、口から出任せを言ってしまったが、トレイシーは言葉どおりに受け取ってくれたようだった。バス・チューブへの道を歩きながら、トレイシーは空を見上げ、夢見るように微笑んでいた。
(まさか、俺との夕食を楽しみに? いや、それは期待しすぎだろう。)
デイヴィッドは曖昧な笑みを浮かべ、結局は心の中であれこれと妄想するのだった。
「ね、見て。夕焼けが濁ってる」
「え、雨でも来るのかな?」
ミニバスの座席は天井をぐるりと覆う透明窓から射し込む夕陽で橙色に染まっていた。沈みゆく太陽には薄紫色の雲がかかり、光を受ける雲がサーモンピンクに輝いていた。チューブの上空には、遠景の穏やかな雲とは様子の異なるダークグレーの雲が迫っていた。いや、雲ではない。夕陽を覆い隠した何かの群れが、見る間に広がって空を埋めようとしていた。
「何? 鳥?」
「はは、鳥なんか、あんなにいるわけないだろ。群れを作るようなのはとうに絶滅してるんだからさ」
「うん、それもそうね。じゃ、何かしら?」
「そうだな……」
群れが迫り、空は益々暗くなった。思ったより低い。何かの群れは、すぐ近くに迫っている。
バタバタバタ!
激しい音と共に、避けきれなかった個体が透明のチューブに激突し始めた。緑がかった茶色の体液が、チューブの曲面を伝い落ちる。グラスホッパーだ。何千万匹、いや、億単位ものグラスホッパーが、空を真っ黒に覆い尽くしていた。チューブの分厚いアクリルシールドを通して唸りを上げる羽音が、そしてシールドに激突する粘り気のある音が染み込み、鼓膜に居心地の悪い振動を与えていた。トレイシーは口を開けて頭上の光景に見とれていた。
「な、トレイシー、そんなに口を開けてても、入ってこないぜ」
デイヴィッドがニヤリとして意地悪く言った。
「ふふ。やあね、違うわよ。デイヴじゃないもん」
トレイシーはコロコロとした笑い声を立てながら、デイヴィッドの腕をぴしゃりと叩いた。確実に、今日のハンティングが二人の距離を縮めていた。デイヴィッドはぴりぴりとした軽い刺激が広がる腕に、そっと目をやって口角を上げた。
人間の目にはほとんど先の状況が見えなかったが、オートパイロットのミニバスは何事もなかったように、混沌とした焦茶色のトンネルの中をハイスピードで走り抜けていった。
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