第3話
「どうです? ご試食なさりますか」
「そのまんま?」トレイシーが目を丸くしてデイヴィッドの顔を見た。
インストラクターはグラスホッパーを網から取り出すと、慣れた手付きで羽と脚をむしり、デイヴィッドに手渡した。
「ソースかスパイスは?」
デイヴィッドが手の中でもぞもぞと動くものを軽く握って言った。
「自然という最高のスパイスがかかっていますから。どうぞ、そのままで」
インストラクターにニコリと笑いかけられて試されているような気がしたが、デイヴィッドは笑い返してグラスホッパーを口に放り込んだ。シャリシャリと小気味好い歯応えに続いて濃厚な体液が染み出し、舌の上に広がった。甘みとわずかな苦みの入り混じった複雑な芳香が鼻腔を抜けた。
「んん、旨い」
「デイヴ、感想はそれだけ?」
「ああ、そうだな。甘味料だとか、旨味調味料とか、スパイスの味とは全然違う旨味なんだよ。ちょっと食べたことのない味。口では表現できないかなあ……」
「ふふ、自分の貧弱な表現力を上手くごまかしたものね」
「きっついな、トレイシー。まあ、君も食べてみれば分かるよ」
「まあ、そうね。次のが捕まったら頂くわ」
二人はつい網を上から叩きつけてしまい、なかなかグラスホッパーを捕まえることができなかった。だが、一時間ほどのインストラクター氏の指導の下、不格好ながらも何とか捕まえる方法を体得しつつあった。
「もう、充分かな」
デイヴィッドがグラスホッパーの羽をむしりながら腰に下げた虫カゴをパンパンと叩いた。
「どれどれ、見せてくださいます?」
インストラクターがデイヴィッドのカゴを覗き込みカゴを軽く振った。バサバサと音をたて、中のグラスホッパーが滅茶苦茶に飛び回った。
「まだ、もう少し捕りましょうか」
「こんなに捕れれば充分だと思うけど?」
「いえ……、そうですね、あと十匹ほど捕れば、もっと美味しくなりますよ」
「え? どうしてです」
「カゴのグラスホッパーに、ストレスをかけるんです」
「そりゃまたどうして?」
「ストレスをかけると、糞をしますからね」
「ええーっ、そんなのやだぁ」トレイシーだ。
「糞なんかしたら、むしろ不味くて食べられないんじゃないですか?」
デイヴィッドが落ち着いて訊いた。
「そのままじゃ、だめですね。でも、その後すぐに洗えばいいんです。腸の中から排泄物を出させて雑味を取り除くと、信じられないくらい美味しくなりますよ」
「ふーん。あたし、洗うのはイヤだな。デイヴ、やってくれる?」
「ちぇっ、調子いいなあ」
「まあ、いいじゃない。ね、調理は頑張るからさ」
「なんだかなあ」
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