第5話
グラスホッパーの体液で薄汚れたチューブをミニバスが通過したのち、別の黒い影が市街地の上空を悠々と進んでいた。いわゆるホエールである。四機のホエールが、その巨大な口を開けてグラスホッパーの群に四方から迫っていた。
「ね、あれ、何食分くらいだったかしら」
食事の支度を手伝いながら、トレイシーが天井を見つめた。
「あれって、飛んでたやつ?」
「うん」
「そうだな……、このアパートメントの住人が、一生掛けても食べきれないくらい、いたんじゃないかな」
「そうだよね」トレイシーは今夜の分として冷凍せずに持ち帰ったグラスホッパーの羽をむしりながら言った。「でもさ、餌は大丈夫なのかな。そんなに大発生したら、植物……野菜が食べ尽くされない?」
「はは、それは心配ないだろ。あいつらの食料は人類とは競合してないんだしさ、あいつらよりも成長が早い植物だけが餌になるように、あいつらは創られてるだろ」
「そーか、なるほど、そうだったね」
「でも」そう言ってデイヴィッドは手を止めた。「どうしてあんな大群が移動してたのかな。植栽は政府にコントロールされてるはずなのに」
「だって、虫よ。心とか、アタマとかないんだからさ、政府オススメの餌だけお行儀良く食べてなんかいられないって。行きたいところに行って、食べたい草を好きなように食べるの。そのくらいの自由があってもいいよ」
「うん、まあそうだな。前世紀のブロイラーとか畜牛とか、閉じ込めて生育することの弊害は嫌になるほど経験してきてるんだもんな」
「そうそう」
デイヴィッドはそんな会話を交わしながらも、何か一つ釈然としないものを感じていた。ただ、今夜はもう難しいことを考える気にはなれなかった。もう一息で、トレイシーとロマンチックな雰囲気になれそうなのだ。トレイシーの持ってきた安ワインは旨かった。デイヴィッドはワインには詳しくなかったが、きっと、安いものではない、そう心の中で決めつけていた。トレイシーは、自分と同じまでではないにせよ、自分に同僚や友人以上の好感を、いや、好意を? 持ってくれている。ゆっくり、ゆっくりだ。焦らないで、ゆっくりだ。そう思いながら、デイヴィッドは三杯目のワインを空けると、トレイシーを送るために席を立ち上がった。
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