この男一向に仕事理解しなくて困りますー

ユメしばい

乗ってけ!ジャポリビート

 ここは人も知れない花鳥風月の山奥の中。

 滔々と流れる滝の前で、野太い声を発し、快汗をまき散らしながら、正拳突きをただひたすらに繰り返す勇往邁進ゆうおうまいしんの男がいる。


「ぬんっ、ぬんっ、ぬうんっ!」


 そこへ、丸々とした胴体におまけ程度についた翼をパタパタとはためかせながら、まこと奇怪な物体が現れる。


「カタリさーん」


 その物体は、ゆらゆらと実に不安定に遊泳しながら男の前に降り立ったのち、全身で酸素を貪りつつ、


「こ、こんな所でなにをやってるんですか、めちゃくちゃ探しましたよー」


 男はギロリとその物体を一瞥し、最後の締めにひと際気合のこもった突きを放ったあと、心頭滅却の息を長々と吐き流し、


「誰かと思えばトリ、か」


「あれ、ちょっと見ない間に雰囲気変わっちゃってませんかー?」


 男の名はカタリ。

 彫り深い劇画タッチの顔。はちきれんばかりの雄々しい筋肉。あのカジュアルな服装がとても似つかわしくないほど体型が変わり果てているが、彼こそが、知る人ぞ知る、カタリィ・ノヴェルである。

 至高の一篇を探すことを生業とする若者だ。


 カタリは短く首をゴキリと鳴らし、


「性別の見分けがつかぬ体型は昔からコンプレックスだった。最近まで女だと思っていた筆者もいるほどだ。故に肉体改造を施した」


「なんか色々ともったいないことをしちゃってくれましたねー、口調もなんかかわっちゃってますー」


「ぬう、トリの分際で私に意見を申すというのか。ならば逆に問おう。貴様は結局どっちなのだ? トリか、それともフクロウか、さあ答えよ!」


「どちらでもかまいませんー」


「出た。フン、私はそういう中途半端な答えが一番大嫌いだ。故に私は生まれ変わることを決めたのだ。わかるなこの意味。では決めろ。トリかフクロウなのか、今ここで断言しろ!」


「ちなみにフクロウはトリなのですがー」


 カタリは置いてあった帽子を取り、丁寧に埃をはたいてからそっと被り、


「ところでリンドバーグのサイボーグ小娘はどうした?」


「現在メイド喫茶でバイト中ですー。て、先ほどの質問はもういいんですかー?」


「バイトだと? あいつサイボーグのくせに生活に困っているのか?」


「なんかプロ作家業の実態を知って書くのを辞める人が激増したんで仕事が減ったとか言ってましたよー。カタリさんて都合悪いときは無視するタイプなんですねー」


「だったらなぜ私の仕事を手伝わん!」


「カタリさん軽く嫌われちゃってますからー」


「ぐぬぬっ、選り好みの激しいサイボーグビッチめ……今度、作動油にサラダ油を混ぜてやる」


「それはともかくですねー、カタリさん、ちゃんと詠目ヨメ使って仕事してますー? 編集部もそろそろ結果出せって怒ってますよー」


「さては貴様、編集部に言われて私を監視しにやって来たのだな」


「まーそんな感じですー。で、いつから真面目に働くんですかー?」


「クッ、編集部め、私のことよりサイボーグビッチの方をどうにかすべきではないのか……まぁよい、最近はあれだ、私の剛腕に立ち向かえる強者がとんと見えてこんのだ」


「カタリさん、詠目の使い方を完全に間違っちゃってますー」


「フン、貴様も私をサポートするトリを気取るなら、編集部に適当なことを言って誤魔化すくらいしてみせろ!」


「体内で音声が自動録音されるのでそれは無理ですー」


「き、貴様もサイボーグだったのか! このっ」


 トリはカタリから逃れるようパタパタと翼を羽ばたかせ、


「ち、違います、ハイブリッドです! 痛いのでやめてくださいー」


「また読者好みの設定を取ってつけやがって、どっちでも同じだ!」


 カタリはぞんざいにトリを投げ捨て、遥か遠くの景色を眺めるような目をして、


「ああ、こんな夢のない生活を延々と繰り返すくらいなら、ジャポリパークに行きたい」


「……話が見えてきませんが」


 カタリは憐みをこめた溜息をつきながら左右に首を振り、


「私は、与えられし任務をすべて投げ捨て、ジャポリパークへ行きたいのである」


「……筋トレのし過ぎでとうとう脳にまで筋肉が回りましたかー」


「かわいいフレンズたちがわんさかと住む夢の楽園ジャポリパーク。私は、あの楽園に行って、サーパルたちとイチャイチャチュッチュしたい。それが私の夢であり、今最もすべきことだと確信している」


「そのジャポリパークですが、どこにあるのか知ってますー?」


「だが私はあえてカラガルを推したい」


「話聞いてますー? というかそんな話だれも聞いてませんよー」


「ちなみに貴様の推フレは誰だ?」


「筋トレし過ぎとアニメ見過ぎですカタリさんー。釣り合いを取るために、たまには小説も読んでくださいー」


「言っとくが、私は大の活字嫌いだ。アニメからラノベパターンもないほどにな」


「それ自慢になってませんよカタリさんー」


「いちいちうるさいトリだな。高がトリ風情の分際で私に生意気を申すな。それに貴様のツッコミは微妙に傷つくので控えてくれ」


「貴方の仕事は、作家と読者により多くの物語を届けることですー。それは、これからも変わることはないのですー」


「私に角川の社畜になれとでもに言うのかっ!」


「こういうのはどうでしょう。貴方が至高の一篇を探し出すことが出来れば、ジャポリパークに連れて行ってあげる、というのは」


「なに! そ、それは、どういうことだトリッ、詳しく聞かせろ!」


 先ほどと同じ構図が展開されたのち、解放されたトリはうんざりとした溜息をつき、


「ここだけの話ですがー、角川は、異世界転生機だけではなく、二次元転生機の開発を成功させましたー。今やアニメの世界に転生される方のほうが多いくらいですー」


 カタリは愕然として片膝をつき、


「私が山籠もりしてる間にそんなにも世の中が変わってしまったのか……」


「はい。角川は何でも作っちゃう会社なのでー。で、どうしますー?」


「カラガルを独り占めにできるか?」


「できるっちゃ出来るでしょうー。ですが、転生希望者が多いので早めに決断したほうがいいと思いますー」


「ククク、おもしろい。フレンズを狙うキモ雑魚どもをすべて蹴散らし、ジャポリパークの乱世を統べるたったひとりの覇者として君臨してやろう」


「とりあえず承認したということで受け止めすねー。これで安心して会社に戻れますー。じゃあカタリさん、お仕事頼みますねー」


「ああ。ご苦労だったトリよ! 編集部に伝えてくれ、至高の一篇などすぐに見つけだしてやるとな! フハハハハハハ出発進行ジャポリパーク! よもやあの部分をサーパルたちと共に踊れる日がやってこようとはフハハ、フハハハハハハハ!」


 ほんと、仕事を理解しない男で困りますー。

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