君の物語を探して僕はいく

亥BAR

聞かせてよ、君の物語を

 カタリィ・ノヴェルこと、カタリは左目を中心に両手でフレームを作った。そのフレームに入るのは花でかんむりを作るフランス人少女。


「ロラ・シモン。聞かせてよ、君の物語を」


 ロラはかんむりをカタリの頭に乗せてきた。

「カタリ。あたしは世界中の人たちにお花のかんむりをあげたい」

 そして、本当にいい最高の笑顔を見せてくる。


「うん。素敵だよ、ロラ。これはきっと最高の小説になる」

 カタリはそっとロラの頭を撫でる。するとロラは小さなかんむりをカタリが持つスマホにかぶせてきた。


「もちろん、リンドバーグにも!」

 バーグさんは画面の中で頬に手を当てる。


「ありがとうございます、ロラ。でも、出来たらマドモアゼル.バーグとお呼びいただけると幸いです」

「え? あたしたちはもう友だちじゃないの?」

「いやその……設定でして……せめてバーグ”さん”と……」

「サンってなに?」


 ロラは至極純粋な子供だった。そんなロラから生まれる物語も至極純粋。みんなを幸せにするお花のかんむりの物語だ。


「あたし、リンドバーグの名前まだ聞いてない。それ、ファミリーネームよね?」

「……えっと……その……カタリ、ロラに説明を……」


 だんだん困り果てて、いつも笑顔のバーグさんがあろう事か、慌てふためいている。普段は見せない姿にちょっと可笑しさがあった。

「バーグさん。ごめん、僕には無理。諦めて」


 すると、バーグさんが頬をぷくーっと膨らませた。

「そんな投げやりだから、カタリは『至高の一篇』にたどり着けないんですよ? カタリは本当に詠み人の才能はあるんです。でも、全く生かせてない!」


 やばい勢いでバーグさんのセリフがカタリの胸に突き刺さった。


「これでも僕だって頑張ってるんだけど」

「頑張るのは誰にでもできます!」

 グフッ!? カタリにクリティカルヒット!


「ロラは本当に素敵ですよ」

「ふふ、ありがとー」

 ロラには優しい声かけをするバーグさん。喜怒哀楽たっぷりな彼女だけど、実はAIだったりする。


 カタリは最後、ロラに手を振って別れを告げた。


「まずは、ロラの物語をみんなに届けないと!」


 カタリは詠み人だ。

 その左目に宿った力「詠目」を使って、人々の物語から小説を作り出す。その小説を必要としている人に届けるのが仕事。

 そして、世界中の人々を救える究極の物語『至高の一篇』を追い求めているのだが……。



『本当に可愛い素敵な物語ですね』


 そんな感想を受け取りカタリは一人、ニヤニヤしていた。

「良かったですね、感想をもらえて。このコメント以降、見てくれる人がまったく居ないですけど!」


「……バーグさんって、本当一言余計だよね」

 ただ、ロラの物語がみんなに届けきれていないのは事実だった。


「ロラの物語はすごくいいんです。カタリは素敵な物語を見つけられる才能があります。でも、それを上手く小説にできていない」


「人々の物語を小説にしているのは詠目であって、僕じゃないよ? 僕の仕事は小説をみんなに届けること。

 小説がどうのこうのって言うんなら、詠目に直接言ってよ。それか、詠目を与えてくれたトリにね」


「はぁ……それだからカタリはダメなんです。詠み人の力をただの貰った力だと思っている限り、素敵な小説にはなりません」


「……どういう意味だよ、それ」

「それは自分で考えないとですね」

 バーグさんは人差し指を立ててそう言った。


 気ままに世界中を駆け巡り、降り立った次の地は日本。空き地で一人、サッカーボールで壁打ちしている子供を見つけた。


「やぁ、こんにちは。僕はカタリィ・ノヴェル。カタリって呼んで」

「か……カタリ……さん?」


「カタリでいいよ。君の名前は?」

「……南佑樹(みなみゆうき)」


 カタリは佑樹の足元にあるボールを指さした。

「佑樹はサッカーが好きなの?」

「……う……うん、まぁ」


 その佑樹の言葉を聞き、カタリは例のポーズを作った。両手で作ったフレームの中に佑樹を入れる。

「じゃあ、佑樹。聞かせてよ、君の物語を」


 だけど、佑樹はつまらなそうにボールを持ち上げ言った。

「なにそれ? 僕に物語なんてないよ」

「えっ?」


 佑樹が勝手に歩きだし、カタリが作ったフレームからアウトする。カタリはただ、その佑樹の背中を見ることしかできなかった。


 カタリは首をかしげ左目の少し下あたりをつつく。

「おかしいな。佑樹の物語が作られなかった……」


 すると、パッとスマホがつき、バーグさんが顔を出した。

「まぁ、今のカタリなら……ね」

「……なんだよ、それ」


 それから、その街中を駆け巡って物語を探したが、今ひとつコレといったものが作れなかった。

「……なんかなぁ」

 グラウンドでサッカーを楽しむ子供たちからフレームを外し、天を仰ぐ。



 気が付けば、またあの空き地に戻っていた。

 また一人でサッカーボールを蹴る佑樹。


「ねぇ、佑樹?」

 カタリを見た佑樹がそっぽを向いて壁打ちを続ける。


「佑樹はみんなとサッカーしないの? ほら、グラウンドでみんなと混じってさ」

 すると佑樹はあからさまに表情を歪めた。

「……別にいいだろ……俺は一人でするのがいいんだ」


 あさっての方向に転がっていくサッカーボールを一人で追いかけていく。

 そんな佑樹の姿を見て、寂しさを感じた。だから、たまらずカタリは佑樹を追いかけ、サッカーボールを足で止めた。


「ちょ、何すんだよ!?」

「ねぇ。じゃあ、僕とサッカーしようよ!」


 佑樹は一瞬固まった。でも、すぐにカタリのほうに向かってくる。

「別にいいよ。僕だけで」

 そう言ってボールを取ろうとしてきた佑樹に対し、カタリはボールを蹴り上げた。そして、「よっ、ほっ」とリフティングをしてみせる。


「ほら、佑樹。僕からボールを取ってみなよ!」

 半ば強引に佑樹を遊びに誘った。それに対して、佑樹は最初こそ、ムキになって取ろうとしていた。

 だが、やがて楽しそうにカタリを追いかけるようになっていった。


「やった! 取った!」

 カタリからボールを奪った佑樹がガッツポーズ。


 そんな佑樹の顔を指差してカタリは言う。

「佑樹、今どんな顔をしているか、知ってる? 一人でサッカーしている時より、ずっと笑顔で楽しそうにしていたよ」


「……え!?」

 すると、再び佑樹の顔からすっと笑顔が消えていく。その瞬間が、すごくカタリには寂しく感じてしまう。


「聞かせてよ、なぜ、みんなと一緒にサッカーしないのかを」


 佑樹は最初黙って俯いた。だけど、やがてそっと座り込んだ。カタリはその横に腰を下ろし、佑樹に耳を傾けた。


「俺、怖いんだよ……、みんなとするの……。もし失敗したら……とか。みんなと溶け込めなかったら……とか。考えちゃって」


 佑樹はボールを足でボールを軽く転がしている。佑樹の話を聞いてはっきりとわかった。佑樹は本当にサッカーが好きなのだ。

 だったら、きっとみんなですれば、もっと好きになれるはず。


「じゃあ、僕と一緒にチームに入ろうよ」

 カタリは立ち上がり、佑樹の手を握った。

「え? ……でも」

「行こう! 僕もついてるから」


 カタリは佑樹を引き連れて、サッカーをやっているグラウンドにやってきた。ちょうど佑樹と同じぐらいの年の子達だ。

「ねぇ、僕と佑樹も混ぜてよ! 一緒にサッカーやろうよ!」


「……カ……カタリ……いいよ。向こう行こうよ……」

 佑樹はカタリの服を引っ張って逃げようとする。だけど、先に子供たちは佑樹を囲んできた。

「もちろん、一緒にやろう!!」



 それから、佑樹とカタリは一緒になってサッカーをした。

 最初はあまり動こうとしなかった。だけど、だんだん自分からボールを追いかけるようになっていった。


 追いかけるようになれば当然失敗もする。パスが間違って相手チームにわたってしまい、ボーゼンと立ち尽くす佑樹。

 カタリはそんな佑樹に声を掛けようか悩んだが、そんな悩みは無用だった。


「佑樹くん! ドンマイ! ほら、行こうよ!」

「……あ……う……うん!」


 すぐに笑顔を取り戻し、ボールをがむしゃらに追いかける佑樹の姿。カタリはそんな佑樹の姿を見て、そっとチームを抜けた。


「なんか、今なら……いけるかも」

 左目を中心に両手でフレームを作る。そこに映り込むのは、友だちと一緒にサッカーを楽しむ佑樹。ゴールを決めて、みんなと喜び合っている。


 すると、カタリの持つ力詠目は一つの物語、小説を作り上げていた。

「これ、いい! すごくいいよ、この小説!」


 カタリは出来上がった小説を目にして感動した。これは、いろんな人に読んで欲しい。きっとこの物語はみんなに届く。いや、届けてみせる!


「カタリ、良かったですよ。すごく詠み人っぽかったです」

 ふと、バーグさんの声が聞こえてスマホに視線を落とした。


「バーグさん……」


「この物語、小説は佑樹くんから詠目でただ抜き取ったものではありません。カタリが物語に、佑樹くんに寄り添ったからできたものです。


 詠目は小説を作り上げる力かもしれません。でも、その力を使うのはカタリ自身。カタリの思いが素敵な小説になるんです」


「そっか……。物語に近づかないと、その物語の本質は見えてこない。近づいて、寄り添って。物語の本質が見えた時にこそ、詠目は最高の小説を作り上げる」


「はい。詠目はあくまで物語を見通し、小説を作る力。その小説を必要としている人に届けるのがカタリの仕事です。


 でも、仕事と使命は別。詠み人の使命は『世界中の物語を救う』こと。カタリは佑樹くんの物語を救えたんじゃないですか? 

 もちろん、最後に救われるのは、その物語が必要とされる人に読まれた時ですけど」


 カタリは今日、やっと詠み人というものが少しわかった気がする。


「僕は、世界中の物語を救いたい。その物語を小説にして、人々に届けたい。そして『至高の一篇』を探してみせる! だから、僕は聞き続ける」

 カタリは詠目を中心に両手でフレームを再度作り上げた。


 次は君の番だ。

「聞かせてよ、君の物語を!」

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君の物語を探して僕はいく 亥BAR @tadasi

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