その思い届けます

花岡 柊

その思い届けます

「カタリィさん」

「カタリでいいよ」

「ノヴィさん」

「いや、だから。カタリで――――」

 一人旅の道中。孤独を紛らわすためのノリ突っ込みをしていると、ビビッと僕の詠目よめに反応がっ。これは、たった今道ですれ違った女性の、遠い昔の物語だ。

 なるほど。彼女は、いまだに後悔しているんだね。

 僕はクルッと方向転換し、彼女のあとを追いかける。付かず離れず距離を保ち、右に曲がれば右。左に曲がれば左。公園を横切れば、同じように公園を横切り。交番へ向かおうものなら――――。

「ちょっ、ちょっと待ったー!」

 慌てて彼女の袖を引くと、悲鳴を上げられそうになる。

「しーっ! しーってば。怪しい者じゃないよ。危険じゃないよっ」

 焦って言い訳してみても、彼女の目は怯えまくっている。すっかり、不審者扱いだ。

 交番へ駆け込みそうな彼女をなんとか引き留め、宥め、説得し、漸く話を聞いてもらえることになった。

 ふぅ〜。危ない危ない。

「それで……、その詠目で私の過去が見えたんですか?」

 彼女は戸惑い、まだ少し怪しみながらも僕に訊ねた。

「ゆうちゃんのこと、ずっと気になったままなんでしょ?」

 僕がそう言うと、彼女は遠い昔に想いを馳せながら、ゆっくりと頷いた。

「彼女が、その出来事を憶えているかどうかもわからないし。私の記憶も、時間が経って曖昧な気もするし……」

「大丈夫。詠目よめの力を持つ僕には、しっかりと見えているから。必ずチカさんの物語をゆうちゃんに届けますね」

 チカさん。それが今回物語を預かった女性の名前だ。

 僕が力強く拳を握ると、チカさんはゆるゆると頭を下げた。

 彼女の心の奥底に眠っていた物語。それは、まだ幼い頃に公園で会ったお友達とのことだった――――。


~ お話きいて ~


 チカちゃんが新しい町に越してきて、半年が経ちました。お隣さんのことも、お向かいさんのことも。裏のおじいさんのことも、顔を見ればわかるようになりました。

 お家から一番近い公園には、お友達もできました。お散歩に来る犬のクーや、チカちゃんの顔を見て、あっという間に逃げてしまう野良猫のニャーです。

 今日は朝からママが「お片付けをしなさい」言うので、チカちゃんはご機嫌斜めです。

 ママのお話は、いつもお片づけの事や、ピーマンや人参を残さず食べなさいと嫌なことばかりなので、チカちゃんは最後まで聞いた事がありません。

 ママのお話を聞きたくないチカちゃんは、ぷいっとそっぽを向いて「公園に行ってくる」と家を飛び出します。

 ママのお話はいつもつまらない。そうだ。今日は、一度ママと行ったことのある、少し遠い公園まで行ってみよう。

 ママからは、「一人では行かないように」と言われていましたが、チカちゃんは「一人でも平気だもん」とほんの少し遠い公園に向かいました。

 道は覚えています。花屋さんを過ぎた角を曲がり、おまわりさんのところを過ぎたらクリーム色の壁のお家を曲がって、あとは少し歩いた先です。

 チカちゃんがクリーム色のお家のそばまで行ったところで、女の子に出会いました。チカちゃんと同じくらいの歳の、綺麗な編み込みヘアをしたとても可愛らしい女の子です。

「公園に行くの?」

 チカちゃんが話しかけると、女の子は恥ずかし気に笑顔で頷きました。チカちゃんと女の子は、すぐに仲良くなりました。

「お名前は?」

 チカちゃんが訊ねると、女の子は「ゆう」と小さな声で名乗りました。

 ゆうちゃんは照屋さんなのか、少し大人しくて恥ずかしそうに笑顔を見せる女の子でした。チカちゃんは、ゆうちゃんの事がすぐに好きになりました。

 手を繋いで二人で公園に行き、ブランコに乗りました。隣には、ゆうちゃんも乗りました。

 ブランコを漕ぎながら、チカちゃんはゆうちゃんに沢山のお話をしました。

 前の学校のこと、今の学校のこと。おうちのこと、犬のクーや猫のニャーのこと。ゆうちゃんは、チカちゃんのお話を楽しそうに聞いてくれました。

 チカちゃんがたくさんたくさんお話をしているうちに、時間はどんどん過ぎていきました。すると、ゆうちゃんは時々困ったような顔をするようになりました。

「どうしたの?」

「あのね……。ゆうね……」

 訊ねると何か言いたそうにするのですが、もじもじとしたゆうちゃんのお話を待ちきれないチカちゃんは、またすぐに自分のお話を始めます。今度はママのことやパパのことを話しました。すると、ゆうちゃんはまた何か言いたそうに口を開きます。でも、言いたそうにするだけで、言葉がなかなか出てきません。

 ゆうちゃんのお話を待てないチカちゃんは、また自分のお話をたくさんしました。

 するとゆうちゃんは、悲しそうな顔になり、ついには泣き出してしまいました。涙に驚いたチカちゃんは、どうしたらいいのかわからずオロオロしてしまいます。

 ゆうちゃんは、涙を流しながら言いました。

「あのね、チカちゃんのお話は楽しいけれど。ゆうのお話も、聞いて欲しいよ……」

 ゆうちゃんは、涙ながらに言って頬を濡らしました。

 話すことが楽しかったチカちゃんは、ゆうちゃんのお話を待てませんでした。

「ゆうちゃん……、ごめんね」

 チカちゃんは、ゆうちゃんに謝りました。

 ゆうちゃんは、首を横に振りながらもブランコから降りてしまいます。

「ゆう、もう……お家に帰るね……」

 そう言ったゆうちゃんの顔には、会った時の笑顔はなくて、目は真っ赤で涙声です。チカちゃんは、慌ててゆうちゃんのことを引き留めます。

「ごめんね、ゆうちゃん。今度は、ゆうちゃんがお話をして。チカ、ゆうちゃんのお話聞くから」

 けれど、ゆうちゃんは悲しそうに首を振ります。

「もう、帰る時間だから……」

 ゆうちゃんは、チカちゃんに背中を向けて、駆けて行ってしまいました。

 公園を出て行くゆうちゃんの背中を、今度はチカちゃんが悲しそうな顔で見送ります。

 ゆうちゃんのお話を、もっと聞いてあげればよかった。

 チカちゃんは、初めて会ったゆうちゃんのお話を何ひとつ聞いてあげなかったことをとても後悔しました。

 チカちゃんは、しょんぼりと肩を落とし、来た道を戻りました。

 お家に帰ると、ママがとても心配して待っていました。ママの顔を見た途端、チカちゃんは、わーっと泣き出してしました。

「ゆうちゃんのお話を聞いてあげられなかったよ。仲良くしたかっただけなのに。たくさんお話を聞いてもらいたかっただけなのに」

 泣きながら話すチカちゃんの背中を、ママは優しくトントンしてくれました。

「また今度、ゆうちゃんに会いに行こうね。ゆうちゃんのお話も、たくさん聞いてあげようね」

 ママの優しい言葉と背中のトントンが心地よくて、次第にチカちゃんの涙は止まります。

 チカちゃんは、ママに抱きしめられながら思いました。チカちゃんは、ママのお話も聞いてあげていなかったことに気がついたのです。

 いつも優しく話しかけてくれるママのお話を、チカちゃんはそっぽを向いてしらんぷりしていました。きっとママも、今日のゆうちゃんのように悲しい気持ちになっていたに違いありません。

「ママ……ごめんなさい」

 チカちゃんの涙は、また溢れ出しました。

「チカ、ママのお話も聞いてなかった。今度からは、大好きなママのお話もちゃんと聞くね」

 ママは優しい顔でチカちゃんの頭を撫で、頬をくっつけ笑ってくれました。

 今度ゆうちゃんに会ったら、たくさんお話を聞いて。ママがしてくれたみたいに、ぎゅっと抱きついてほっぺをくっつけよう。

 こんなに幸せな気持ちを、ゆうちゃんにもあげたい。


 僕は、チカさんの過去を一遍の物語にして旅立った。思いを届けるために、西へと向かったんだ。

 途中、池袋のフクロウカフェに興味を惹かれ、お茶をしながら癒しの空間を満喫。

「トリさん、元気かなぁ」

 都内を出ると、道に迷い。外岩でやっていたボルダリングに遭遇し、急遽仲間に入れてもらったら。

「とりあえず、危険だから、爪切ろっか」と言われ、パチパチするうちに深爪になってしまった。

 それから山を越え、川を渡り。海では船に乗せてもらったところ、大変な船酔いに何度もリバース。内臓までもを出し切った頃、漸く西に着いたのだけれど、本来方向音痴のため、ここがどこなのかわからなくなり交番へと駆け込んだ。

 この辺りが目的地周辺だとわかり、ちょっと一休みと近くの良さげな居酒屋で、のどぐろをつまみに日本酒をいただいていたら。

 キタキタキター!

 僕の詠目にというか、チカさんの物語に反応を示す人物を感知。慌てて店を飛び出したら、「食い逃げだーっ」と追いかけられて、ヘコヘコと謝りクレカ払い。

「ほんと、すんません。わざとじゃないんです」

 怪しまれながらも、二度と来るなというような冷たい視線を背中に感じつつ、さっき反応した人物を追いかけた。

「待って。待ってくださーい」

 息を切らせてようやく追いつくと、またも不審者? 的な視線を感じたので、慌ててチカさんから預かっている物語を彼女、ゆうさんに手渡した。

 その物語にスルスルと目を通したゆうさんは、懐かしい表情と瞳で顔を上げる。

「すっかり忘れていました。けど、あの時家に戻ってから、とても後悔したんですよね……。私がもっとちゃんと言葉にできていたら、チカちゃんを嫌な気持ちにさせなかっただろうなって。自分の言いたいことをもっとちゃんと伝えられていたら、次の日だって遊べたかもしれないのにって」

 ゆうさんは穏やかな優しい眼差しで、僕が渡した物語を胸に抱きしめた。

「伝えてください。ありがとうって。あの頃の私と話してくれて、ありがとうって」

 僕はしっかりと頷き、ゆうさんの言葉を胸に東へと戻った。

 当然迷いながらも、途中の猫カフェでもふもふし。トリさんに似ているフクロウを追いかけていたら、東へ行き過ぎちゃったけど、ゆうさんの気持ちはしっかりとチカさんにも届けられたよ。

 さて、次の物語を抱えているのは、誰だろう。僕の詠目で、発見しちゃうぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

その思い届けます 花岡 柊 @hiiragi9

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ