カタリとトリの旅・次元の違う恋

箱守みずき

とてもとても不器用なふたり

「こんなところに、本当に人がいるトリ?」

「いるよ、間違いない。だって手紙が来たんだから。それに、あんな素敵な物語を書く人だ。もしかしたら、僕たちの探し求めている物語を持っているかもしれないよ」


 深い霧の中。手紙がぎっしりと詰まった大きなカバンを肩にかけた一人の少年と、一羽の鳥が道なき道を軽快に進んでいく。少年は踊るように大きな瓦礫や生い茂る木々を越えていく。


「あれかな」


 かつては大きな建物があったと思われる瓦礫の山の上に立つ。少年の見据える先には、今にも倒れそうな巨大な塔が見える。ところどころ朽ち果ててはいるものの、まだ当時の存在感は健在だった。


「大きいトリね」

「そうだね。これを見て、この模様は朝フクロウの縄張りだの印だ。早く行こう」


 少年は足を早め、瓦礫と深い森を越え塔のふもとまでたどり着いた。


「これを登るトリ?」

「もちろん。さすがにこれは動かないだろうからね」


 少年が指差す先には最上階行きエレベーターと書かれていた。

 少年は楽しそうにエレベーターの横にある階段を登り始める。


 ところどころ階段が朽ち果てているものの、蔦や木で補修がされている。


「ほら、人がいる証拠だよ」


 少年は塔の外側に設置されている1000段以上ある階段をスイスイと登っていく。辺りには少年が階段を上る金属音だけが響いていた。最上階にある、当時展望台だったところは、その半分以上が朽ち果てて崩壊しており、階段から続く中心部分だけがその姿を残していた。少年はおそるおそる、階段を登った先にあったドアをノックする。


「こんにちは。誰かいませんか?」


 反応がないので、少年は木でできた扉を開け、中に入る。

 中も外と同じく、ひどい荒れようだったが、後から人の手が加えられたと思われる通路を少年は進んでいく。その先に、もう一つのドア。


「こんにちは。誰かいませんか?」

「いますよー。どうぞ入って下さい」


 中からは女性の声が聞こえてきた。少年はドアを開けて、中に入る。部屋は6畳ほどの広さで窓はなく。薄暗い部屋の中には生活に必要なものだけが置かれているようだ。その奥で、一人の男が机に向かっていた。


「こんにちは」


 少年がそう言うと、男は振り返り、少年をにらみつける。男はボロボロの服にボサボサの髪、そして伸びっぱなしのひげ。


「あれ、さっきは女の人の声が聞こえたような?」

「遠いところ来てもらって申し訳ないが、帰ってくれ。俺は人が嫌いなんだ……」


 そのとき突然、男の横に少女の姿が現れる。


「せっかく来ていただいたのに無下にしてはいけませんよ」


 その姿に少年は驚きの表情。


「おどろいた。トリ、これホログラムだよ。始めて見た」


「はじめまして。私はお手伝いAIのリンドバーグと申します」

「はじめまして。僕は配達人のカタリィ・ノヴェル。こっちはトリ。よろしくね」


 カタリはリンドバーグを物珍しそうに見つめている。男とは対象的に、整った可愛い衣装に身を包み笑顔でこちらを見ていた。


「ちょっと、そこはだめですよ」


 トリがホログラムのスカートを覗こうとしていた。


「鳥が女の子のスカートの中を見て楽しいのかい?」

「紳士の嗜みトリ」 


「そういうのはちょっとしたアクシデントの時にちらっと見えるのがいいんだよ。わかってないね」


 カタリのその言葉に男が反応する。


「なんだ少年。ななかな解ってんじゃないか」

「もちろんですよ」


「何の用だ? そもそも、俺がここに居るとなぜ知っていた?」

「僕は今日、貴方に手紙を持ってきました」

「俺に手紙を出すような人間なんていないはずだ」


「いますよ。たくさん。僕もその一人だ」

「俺はお前なんぞ知らん」


「そんな事言わずに。ほら、ちゃんとお話してください。他人との会話で刺激受ければ新しい物語が浮かぶかもしれませんよ」

「もういい、もういいんだ。俺がいくら書いたところで……」


「僕も書いてほしいと思っています。「霧の塔」、とても面白かった」

 

 カタリの言葉に驚く男。

 動揺している。


「なぜお前は……そんなことまで知っている? あれは……あれは先月書きあげたばかりで……そもそも誰にも見せていないのに……」


「今日は、これを届けに来たんだ」


 カタリはカバンに詰め込まれていた手紙の束を男に渡す。


「なんだこれは……ファンレター? 俺宛……どういうことだ! なぜ俺の物語をこいつらは知っている!」


「あなた自身はまだ気がついていないようだけど。貴方の物語は世界中に届いているよ。僕もファンの一人だ」


 男はカタリが渡した手紙の束を一枚一枚読んでいった。なかには男の知らない言語で書かれたものもあった。子供が書いたと思われるもものあった。男は読んでいくうちに、涙が止まらなくなっていた。


「バーグ、お前がやったのか?」


「はい。この塔の設備がまだ生きていたので。この塔は、昔大勢の人に想いを伝えるために作られたと聞いています。私も、素晴らしい物語を皆に読んでもらいたくて。みなさんが応援してくださったら。また新しい物語を書いてもらえるかと、もしかしたら、この物語がきっかけて新しい出会いもあるかと」


「そうか……」


 男はそう言うと、後ろを向いてまた手紙を読み始めた。男は大粒の涙を流し続けていた。


「トリ。少しここを離れようか」


 カタリは外に出て、少しなにかを考えている。


「主人思いのAIトリ。最高の結末トリ。これで彼は、新しい物語を書いてくれるトリ?」

「このままじゃあ。の結末を迎えるだろうね」

「どういうことトリ?」


「今日、二人に会って確信したよ。彼の物語は、全て彼女へのラブレターだ」


「ラブレター?」


「そう。ラブレター。でも彼女には、一番届けたい彼女には届いていないようだ」


「え、じゃあ彼が泣いていたのは?」

「彼女への想いが伝わらないことを悲しんでいたんだと思う。世界に向けて、彼のラブレターを発信したことが、彼女の答えだと思っているんだ」

「じゃあ、余計に彼は物語を書いてくれなくなるじゃないかトリ。彼はあのままでいいのかトリ?」


「駄目だと思うよ。そして、僕にはきみにもらったこの目がある」

「彼にその目を使うトリ?」


 カタリがトリから授けられた目「詠目よめ」は人々の心の中に封印されている物語を顕現させ、小説にすることができる。


「彼に能力を使う必要は無いさ。だってもう十分に彼は物語を書いている」

「じゃあだれにって……、まさか? そんなことできるの? 彼女はAIだよ?」

「彼女は心を持っていると思うよ。なら可能さ」


 泣き続ける男に、バーグは動揺を隠せていなかった。


「バーグさん。ちょっといいかな」


「君からもらった手紙には、ファンレターを届けてほしいとしか書いていかなった。君は彼がファンレターを読むことで、作家として自立することを願っていたのではないかな?」

「すべて、お見通しということなのですね」

「うん、僕は彼のファンの一人だからね」


「でも彼は……ひどく落ち込んでいます。私のせいで、私、支援AIなのに。支援するどころか……。彼はもう、何も書けないかも……。私はなんてことを……」


「君は、彼の気持ちに気がついているね?」

「はい。でも、私には私の気持ちがわからないのです。変ですよね。私、AIなのに、自分の気持がわからないなんて……。彼の気持ちを知っていても。自分の気持がわからなくって、今日のように、彼を傷つけてしまうことだって……」


「僕は……君たちを助けることができるかもしれない」

「助ける?」

「うん、君の物語を、見せてくれないかい? 人っていうのは、時として自分の気持に素直になれないものさ。僕はちょっとだけ、そういう人のお手伝いをすることができる」


 カタリが目を見開き。力を開放すると、バーグから一つの物語が紡ぎ出された。


 それは、異なる世界の間の恋のものがたり。男は女に愛を伝え続けるが、女は二人の恋が成就しないことを憂い、男を振り続ける。男のためを思って、自分を男から遠ざけようとする物語。振り続ける度に、男も女も心に傷を負っていく悲しい物語。


 カタリは出来上がった物語を泣き続けている男に渡す。


「これは……?」

「読めばわかるよ」


 男は無心でバーグの物語を読みふけった。涙を流しながら、何度も何度も読み続けていた。


 バーグは心配そうに男を見つめている。


「さて、僕たちはこれでおさらばしよう」

「もういいのトリ?」

「これ以上は、僕たちはお邪魔だと思うよ」



――数カ月後


「何を読んでるトリ?」

「塔の先生の新作だよ」

「面白くないトリ?」


「すごく面白いよ。でも僕にはまだちょっと、甘すぎるかも」


 男の新作は、様々な苦難を乗り越えて、異なる世界同士の恋人が結ばれる物語。愛に満ちた、感謝に満ちた物語。違う世界だからと諦めて、叶わぬ恋に身を焦がしていた女にたくさんの愛を届け、ついには二人で協力して困難を乗り越えていく物語。

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