おめでとうbot - @congratulation_bot
加湿器
通知 - おめでとうbot さんからのリプライ
私がそのアカウントを最初に目にしたのは、とある友人が、そのアカウントの投稿を引用していたときでした。
「@XXXXX 禁煙20日達成おめでとう - おめでとうbot 20XX/01/XX」
私と友人の共通のフレンドへ送られた、禁煙20日を祝福する返信。
返信を送られた先のアカウントを覗きにいくと、数日前から禁煙を宣言していたそのフレンドが20日間の継続を報告しており、そのbotアカウントからだけではなく、さまざまなフレンドから、祝福のコメントが送られていました。
その時点では、私は何の疑問も抱くことは無く。
ただ、ちょっとした興味から、そのアカウントのユーザーページへアクセスしたのです。
「おめでとうbot - @congratulation_bot 『一日一回、誰かを祝います。』 - 所在地 不明」
そう書かれたプロフィールの下には、宣言どおり、一日に一度ずつ投稿されたコメントが、ずらりと並んでいました。
それは、たとえば記念日を祝うコメントであったり、禁酒、禁煙やダイエットと言った、何かを達成した人へのコメントなど。
プロフィールの宣言どおり、毎日欠かすことなく誰かへの祝福を送るbotアカウント。
投稿時刻は少し不規則だったので、botと称しつつも、所謂「中の人」が存在するアカウントなのだと思った私は、好奇心から、そのアカウントへフレンド申請を送りました。その申請は、数秒後には受理されました。
けれど、その後は特段そのアカウントを気にすることも無く。
私もフレンドさんへのお祝いの返信を送って、すぐに就寝することにしました。
少しずつ、そのアカウントへの違和感を積もらせていくのは、それから数ヶ月の間のことです。
「おめでとうbot」は、その間、一日も欠かすことなく、誰かへの祝福を発信していました。
誰かを祝う、というのは元来楽しいものですから、私もしばらくの間はおめでとうbotの返信や、祝われた方の幸せそうな投稿を見て、ささやかな幸せのおすそ分けをもらったような気分でいました。
ただ、時々、ふと違和感に気づくのです。
「結婚記念日おめでとう」「ゲーム大会優勝おめでとう」
そういった祝福を受けているユーザーたち。大半のユーザーは、おめでとうbotから祝福を受ける直前に、そんな祝い事をにおわせる投稿をしています。
ですが、ごく一部、数ヶ月前から何の音沙汰も無いようなアカウントに、おめでとうbotから祝福のコメントが届くことがありました。
それに、祝い事の内容も、時たまあまりにもプライベートな内容に踏み込んだ投稿が見らました。
極端な例では、「童貞卒業おめでとう」などといった、生々しいコメントもあったのです。(そのアカウントは、ご自分で初体験について投稿されていましたが……。)
そんな小さな違和感が結実したのは、私自身が「おめでとうbot」に初めて祝福された時の事です。
大学の講義を終えて、スマートフォンをカバンから取り出したとき、私のSNSアカウントに、一件の通知がきていることに気づきました。
「@XXXXXX 誕生日おめでとう - おめでとうbot 20XX/04/XX」
背筋に、なんともいえない怖気が走ったことをいまでも覚えています。
わたしは、そのアカウントに誕生日を設定してはいませんでした。
もともと筆まめな性質でもなかった私は、誕生日を匂わせるような投稿を過去にしたということもありません。
私の誕生日を知っているのは、家族や、ごく限られた友人達だけ……。
「おめでとうbot」へ感じていた違和感が、「疑念」へと変わった瞬間でした。
私は衝動的に、「おめでとうbot」とのフレンド申請を解除し、スマートフォンをカバンへしまったのです。
それからしばらくは、「ストーカー」だとか、「個人情報漏洩」といった単語が頭の中でぐるぐると回って、疑念に取り付かれそうになりながら、必死で考えないように生活していました。
フレンドを解除した後も、何度か「おめでとうbot」からの返信を知らせる通知がありましたが、私はその中身を見ることなく通知を削除して、最後には、そのアカウントをブロックしてしまいました。
でも、「おめでとうbot」がもたらした不気味な体験は、そこでは終わらなかったのです。
私の誕生日から数週間して、今度は大学の友人が、急に講義を休むようになりました。私が「おめでとうbot」と出会うきっかけになった、あの友人です。
彼女とは、大学の同期でしたが、年は彼女のほうが一才年上です。
高校の頃に、病気で一年休学したのだと聞いていました。
彼女は、ただ休んでいただけではありませんでした。
なんでも、急に高校時代の友人達に、詰問するような電話やメッセージを送り出したと言うのです。それも、酷く憔悴して、狂乱めいた様子で。
そんな噂を聞いて、私はいてもいられず、友人に電話をしました。
電話越しに普段友人の声は、普段の明るい彼女とはまるで別人のようで、私の質問にも答えず、ただうわごとのように、「誰かがバラしたんだ、誰かが……。」と繰り返すばかり。
そんな友人の様子に、私は数週間前の「疑念」が蘇ってくるのを感じました。
「おめでとうbot」に感じた、背筋の凍るような感覚を。
私は、熱に浮かされたように「おめでとうbot」のブロック設定を解除して、彼女へ送られた祝福を探しました。
「@XXXXXX ママになった日おめでとう - おめでとうbot 20XX/04/XX」
私は、愕然としました。友人に、子供がいるなんて話は、聞いたこともありません。
ですが、なんとなく、理解できてしまったのです。彼女が休学した、本当の理由を。
その結末が、望ましいものでなかったことを。そして、友人達への疑念が、彼女を壊してしまったことを。
あまりのショックに、しばし、道端のベンチで呆然としていた私。
「疑念」は「恐怖」に変わっていました。そして、熱に浮かされたままの私は、また、別の返信を探し始めたのです。
「おめでとうbotからの返信」ではなく、「おめでとうbotへ向けられた返信」を。
「裏切り者」「もうちかづかないで」「どこで見ている」「お前は誰だ」「もうやめて」「アカウントを消せ」「お前は誰だ」「なんでこんなことをするんだ」「みないでみないでみないでみないで」「アカウント消せ!」「お前は誰だ」「やめてください」「ちかづかないで」「後悔させてやる」「すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ」
数十人からの、怨嗟の声。
すでに「おめでとうbot」の狂気は、余人に知れ渡るものになっているようでした。
私もまた、その狂気にあてられ、浮かされたまま。
それからしばらくの間、取り付かれたかのように「おめでとうbot」の動向を見守っていました。
でも、幕切れは、あっさりと訪れました。
それは、報道紙の一面にもなった事件。
「秘密を漏らされた」と激怒した男性が、一人の女性を刺し殺した事件です。
しばらくして流れた報道では、酷く憔悴した様子の男性は、その後責任能力なしと判断されたらしいと聞きました。
同時に、「おめでとうbot」の動向を追っていたネット上の人間の間で、彼もまた、「疑念」によって犯行に及んだのだという噂が流れ出しました。
男性のものらしいアカウントへ、「おめでとうbot」から送られた最後のコメントは、こうでした。
「@XXXXXXX 時効成立おめでとう - おめでとうbot 20XX/06/XX」
人一人が死んだこの事件。
噂は噂を呼んで。おめでとうbotへ、暴言や罵倒を向ける人間は、ますます増えていきました。
それでも変わらず、「おめでとうbot」は、一日一回、誰かへのお祝いを送り続け、疑念に取り付かれた人間は更に増えていって。
最後には、「おめでとうbot」はあっさりとアカウント凍結されてしまいました。
今となっては、「おめでとうbot」がなんだったのか、確かめる手段もありません。
不気味な体験と、「疑念」によって壊されたたくさんの人生がただ、ネット上で憶測を呼ぶばかりです。
おめでとうbot - @congratulation_bot 加湿器 @the_TFM-siva
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